Re: 旧満州で炭鉱した労働中国人
投稿者: imp_mania_jk 投稿日時: 2007/08/08 00:35 投稿番号: [59047 / 60270]
朝日新聞(朝刊)2002年8月18日
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戦場体験(下)
「開拓団の母子助けずに逃避」
無職
岡本輝雄(大阪府高石市
80歳)
昭和20年8月9日、ソ連軍の侵攻を聞いたのは、東満州(中国東北部)の斐徳第9遊撃連隊で早朝、非常呼集で起こされた時である。連隊長は「転進」を命令、部隊は移動し始めた。
3千数百人の大部隊であるが、戦闘能力のあるのは700人ほどの現役兵だけで、後は開拓団から動員で集められた人々であった。
部隊は落後者が出たり空襲を受けたり、数日後にはバラバラになっていた。
開拓団の婦人が、荷車に子供と荷物を載せて必死でラバのたづなを握っていた。何とか部隊についていこうとするが取り残される。そして現地の人たちに襲われた。
惨殺された婦人が転がっている。子どもと荷物は奪われたらしい。血みどろになって子どもの名を呼びながら、集落の方へよろよろと行く婦人もいた。私たち兵隊も逃げのびるのがやっとで、彼女たちには何もしてやれなかった。残留孤児を見る度に、悔恨がこみ上げて胸が痛む。
これは メッセージ 59045 (imp_mania_jk さん)への返信です.
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