中 英国人記者が見たヒロシマ
投稿者: japanese_chosun 投稿日時: 2007/07/18 22:55 投稿番号: [58982 / 60270]
A−Bomb:/
◇被爆差別に「廃絶」決意
顔や手足に残るケロイドを見た時、胸が締めつけられた。12歳で被爆した広島市在住、松原美代子さん(74)の話を聞くにつれ、今度は胸が張り裂けそうになった。
爆心から1・5キロ。全身にやけどを負った。隣にいた少女は跡形もなく消失した。松原さんの両親はがんで死亡し、松原さん自身も原爆症で入退院を繰り返した。米ニューヨークで外科手術を受け、1982年には核実験反対を訴え全米を巡回した。「原爆投下後も生存者がいたのかと驚かれました」。そう松原さんは当時を振り返った。
「ケロイドがもとで結婚できず、仕事も見つからなかった。日本人は被爆者を差別した」とも言う松原さんは、米国滞在中、助けてくれた米国人に「今も感謝している」と何度も口にした。「あの人たちがいなければ、私は今も米国人を憎んでいたでしょう」
李実根(リシルグン)さん(78)は原爆投下の翌日、広島に入った。「街がなくなり、焦げた灰色の死体が多すぎて、歩けなかった」
朝鮮半島出身のために日本で差別されてきた。原爆は、新たな差別を李さんに押しつけた。李さんは「忘れられた被爆者の救援を」と広島県朝鮮人被爆者協議会の会長に就任し、国連本部で体験を証言するなど精力的に活動してきた。格差社会の英国で育った私には、前向きに歩む李さんが強く印象に残った。
英国では大戦下の40〜41年、独軍の空襲により約9カ月間で約4万3000人が犠牲となった。一方、広島への原爆では、45年末までに計約14万人が落命した。その犠牲者数は想像を絶する。
私には、国際社会の冷厳な現実を知る英政府が容易に核兵器を放棄しないのは自明と思える。その政策を支持する国民も多い。だが4年前に広島を訪ねて核兵器の「非道」を初めて自覚した私は今回、「被爆の末の二重差別」を知り、核兵器廃絶に向けた思いを一層、強くした。【英文毎日記者・ロジャー・ハッチングス、24歳】
毎日新聞
2007年7月18日
東京夕刊
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/news/20070718dde007040054000c.html
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/ffckdca4o2bf8na1a2hbfbeja47a4ja4a4a4na4aba1a9_1/58982.html