日本は何故、反省しないのか?

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Re: 金子安次と言う元日本兵

投稿者: samurai_06_japan 投稿日時: 2007/03/12 22:35 投稿番号: [58366 / 60270]
>金子安次と言う元日本兵
>すごい軍歴の持ち主でした。

この人のみならず。

この手の「証言者」って、結構矛盾しているんですよねぇ・・・
例えば
>船生退助さん(関東軍第9独立守備歩兵17大隊)
>私の部隊は、河北省の山岳地帯に毎日のように入って
>1941年、秋も深まったうすら寒い日でした

・・・確かに関東軍には1941年当時、第9独立守備隊(旅団編成)はあります。
その駐屯地は河北の承徳(北京の北東)でした。

で・す・が。
「独立歩兵17大隊」は、「独立混成第5旅団」傘下の部隊で、関東軍ではなく、北支派遣軍第12軍、後、第43軍指揮下の部隊です。
しかも、駐留地は山東省の青島です。

>鈴木良雄さん(59師団110大隊)
>私が初めて討伐に出たのは、昭和16年(1941)9月、山東省莱無県でした

・・・はて??
第59師団は「昭和17年4月編成」なのですが・・・??

>金子安次さん(59師団44大隊)

・・・まぁ、このじい様は典型的な「中帰連」ですしねぇ・・・

>金子安次上等兵(44大隊機関銃中隊)
>44大隊長広瀬利中佐から、衛河堤防を破壊し解放区を埋没させてコレラ菌を散布せよ、との命令を受けた。
>当時、重機関銃小隊長小島少尉ら8名は破壊を行い、ほかの者は堤防を守っているかのように装っていた。
>当時、私は重機関銃分隊上等兵で、その破壊活動に参加し、円匙で50センチ堤防を切り崩した。

に対し。
一連の証言で「名指し」された元第2中隊長・蓮尾又一氏は。

「小生の実名入りの『事実無根デタラメ記事』であることを、戦争生き残りの存命者の一人として証言したいと思う。
『館陶県館陶に駐留する第2中隊長・蓮尾又一には臨清県尖家鎮付近の衛河北岸の堤防を決壊させるよう命じた。』とあるが、
全く噴飯物で天地神明に誓って『ノウ』である。現存する本人(80歳・2005年当時)がいうのだから間違いない。
そのような話は聞いたことがない。命令を受けたことは絶対にない。
一事が万事である。」

また、村一帯にコレラ菌を撒いたという話について。

「コレラ菌を散布する等と、とんでもない話で、その中に多くの日本軍隊が駐留して居るので、我が方に危険極まり無いことをする筈がない」

http://home.att.ne.jp/blue/gendai-shi/yokuryu-sya-syogen/frame3.html

まぁ、そりゃそうだ。コレラ菌が「日本軍だけを」さけてくれる筈も無し・・・


>昭和16年10月頃、山東省新泰県と菜無県の県境のある部落を包囲しました。
>その際、ひどい抵抗を受けたため、毒ガス弾を使用しました。
>すると薄い霧のようなものが広がり

ここで「毒ガス」と言っているのは、嘔吐性のくしゃみ剤「ジフェニルシアノアルシン」では?
これは、咽喉、粘膜に激しい刺激を覚え、20分から30分の間完全に戦闘不能の状態にするもの。
*その後、回復する。

しかしこれは「色は無い」
「毒ガス」全般的に「無色」

>すると薄い霧のようなものが広がり

なんて状態にはならない。

いやはや、とんだ「元日本兵」ですな・・・
*丸っきり、中国が用意した台本、喋っているだけ・・・
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