朝鮮人女衒
投稿者: koshien21c 投稿日時: 2007/03/09 14:51 投稿番号: [58259 / 60270]
>「工場に就職させてお金を稼げるようにしてやる」
朝鮮人女衒の仕業。日本軍による強制連行ではない。
1939年3月5日付の「毎日新聞」(京城発行のハングル新聞)によると、逮捕されたハユンミュンは、妻とともに1932年から各地の農村をまわり、「生活難であえぐ貧しい農夫の娘達」に、いい仕事があるとだまして、約150人を満州や中国本土などに七百円から千円で売ったという。
ついでにハユンミュンから五十余人の女を買った京城の遊廓業者を警察が呼び出すと、それを察知して彼女たちを牡丹江や山東省に転売したことも判明する。
続いて起きた「第二のハユンミュン事件」では、犯人のペシャヤンオンは1935年から四年にわたり百人余の農村女性をだまして北支と満州に、百五十人余を売り飛ばしている。またこの種の国外移送にさいし、渡航許可に携った役人が戸籍を偽造するなどの汚職に手を染めていたことも判明した。
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1943年2月慰安係長に着任した四十四歳の山田中尉は堀江兵站司令官から慰安所の指導方針についてこまがまと説示されているが・・・・・・・
山田著は、慰安婦の登録手続き面についても詳しい。
それによると、到着と同時に慰安係へ提出される写真、戸籍謄本、誓約書、市町村長発行の身分証明書に基つき、身上調書(前歴、父兄の住所と職業、家族構成、前借金額などを記入)を作成、その後も病歴や特徴を追加記入した。到着時に「辛い仕事だが辛抱できるか」とたずねると、あらかじめ楼主に言い含められているのか、いちように仕事の事は納得していると答えるのが通例であったようだ。
それでも例外があった。1944年秋、二人の朝鮮人に引率された三十人余の女が到着したとき、一人が「陸軍将校の集会所である皆行社に勤める約束できたので、慰安婦としらなかった」と泣き出したので、業者に就業を禁じ、適当な職業の斡旋を命じた。「おそらく、女衒に類する人間が、甘言をもって募集したものであっただろう」と長沢軍医は回想している。
>「おそらく、女衒に類する人間が、甘言をもって募集したものであっただろう」と長沢軍医は回想している。
>「おそらく、女衒に類する人間が、甘言をもって募集したものであっただろう」と長沢軍医は回想している。
>「おそらく、女衒に類する人間が、甘言をもって募集したものであっただろう」と長沢軍医は回想している。
これは メッセージ 58256 (xsizepistol88 さん)への返信です.
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