to lcb2100_99樣
投稿者: saru_timbanco2000 投稿日時: 2001/06/06 02:58 投稿番号: [5637 / 60270]
つまり、韓国(日本人が朝鮮と書くと、あなたは嫌でしょうから、韓国とします)の文化が欲しかった豊臣秀吉は、武力で奪おうと考えた。
秀吉の失敗を見た徳川家康は、懇願する事により、文化を受けようとした・・・・。
これが韓国の一般的な考え方ですか?
>朝鮮は日本を未開国家で認識したし日本を侵略して
>利益がないことで受諾して朝鮮通信使を送った.
中国に朝貢を強制されていた韓国は、
中国に朝貢していない日本よりも下の立場にいる事が悔しかった。
せめて対等になりたかった。
・・・これはNHK教育で、ある教授が言ってた事。
>もし小さな国家の使臣なのにどうして日本がそのように大きく
>訪問を歓迎したか..?
大きなイベントですからねえ(笑)
使節は、将軍が新しくなると来ますね?
使節が来るプロセスは、
1)新しい将軍ができると、幕府の命令で対馬藩主は韓国に通信使の派遣を要請する
2)韓国は、その要請を受けるか受けないか、検討する。
3)派遣が決まると、準備にかかる
4)江戸へ行き、将軍に会う。 ときには日光に詣でる。
使節は大行列です。
それを見た人々は、将軍の権力の偉大さを知ります。
新しい将軍への挨拶のために、この立派な使節を、
外国から呼ぶことができるからです。
徳川の目的の一つは、これです。
では、これは韓国が日本に朝貢しているという事でしょうか?
私は違うと思います。
儒教先進国であった韓国の使者に、
日本の儒教学者は教えを求めたという事実もあります。
つまり、あくまで「対等」と私は考えます。
与えたり、貰ったり。
現に、日本からも韓国に使者を送っています。
ソウルまで入れてもらえなかったけど(笑)
>朝鮮の文化を受ければこそ大和政権が剛性できると.
>大和政権はその理由だから朝鮮通信使をおびただしい費用を
>入れながら訪問を手厚く待偶した.
>それで内乱を平定させて大和政権は中央集権を
>成すことができた.
日本国内での通信使の費用は、各地の大名(地方を統治する人、領主)が、
負担しました(私の記憶が正しければ・・です)
大名に金を使わせる事で、反乱する力を無くさせるという目的もあったと思います。
「それで内乱を平定させて大和政権は中央集権を成すことができた. 」は正しいと思いますが、
前半の「朝鮮の文化を受ければこそ大和政権が剛性できると」は、関係ないと思います。
あまり言いたくありませんが、
私の持っている韓国の歴史の本に載っている、
当時の韓国の絵画や建築物を見ると、
はるかに日本の絵画や建築物の方が優れているように感じます。
(個人的な主観にすぎませんが・・)
少なくとも、一方的に韓国から文化を教えてもらう必要は、私には感じられません。
これは メッセージ 5627 (lcb2100_99 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/ffckdca4o2bf8na1a2hbfbeja47a4ja4a4a4na4aba1a9_1/5637.html