唐人行―その隠れた歴史−7
投稿者: ilkuji_99 投稿日時: 2006/03/28 16:08 投稿番号: [55984 / 60270]
単にこういう主張は戦争犯罪国の日本の在野史学者たちだけのものではない。20っ世紀初、からゆきと呼ばれる無数な日本女性がアジア全体地域で娼婦として働いていた。これは英国、フランスを含んで香港、シンガポール、日本特派員など東南アジア総支局長あがりのフリドマン・バツー記者が書いた著書「醜い日本人」の中に出る部分である。1992年スイスとシンガポールで先に発刊されたこの本は、1994年日本でも翻訳紹介され大きな話題と反響を呼び起こしたのにフリドマン記者は自分の本でからゆきと侵略戦争の連関性に対して次のようにはっきり明らかにした。「明治維新初期に日本人は西方を研究し、その科学技術を模倣、吸収するのに熱中し東南アジアで得れることを失っていた。ヨーロッパや米国がこの地域を支配した後、始めて日本はこの国たちに関心を持った。したがって東南アジアに対する日本の進出はからゆきが先頭走者だった。また彼女らは後で日本帝国の戦争計画に引き込まれた。」
上の内容は前に紹介したノンフィックション作家の山崎朋子氏の主張と同じ脈絡である。「・・・ヨーロッパ帝国の力は強く日本の力は弱く、そのために日本が東南アジアを占領するには列強アジアとしての力が手中に入る第1次世界大戦後まで待たなければならなかった。明治初期から中期にかけてそのような状況を背景で追いかけてみたら自分の肉体を商品にしてアジア諸国へ出ていったからゆきたちは、日本のアジア諸国に対した軍事的、政治的進出の先頭に立った一種の経済進出だったつもりである。ロ日戦争が始まり出征のために内地へ帰る人たちが多くなった。その中、旅費のない人にはからゆきたちが帰国旅費をくれた。それから1904年(明治37年)、戦争推進献納運動が起きたときにはからゆきたちが5千ドルを越える金を集めて日本政府に献納した。・・・」すべて山崎朋子氏が書いた「愛と鮮血」、「アジア女性交流史」(筑摩書房)にでる内容である。やはりフリドマン記者の主張は山崎氏の言葉と一貫した流れであるのがわかる。
日本の為政者たちはもちろんこういう主張に対し鸚鵡のように繰り返して「違う」、「根拠ない」と極力否認するけどフリドマンや山崎氏よりもう一匙すくい取る人がいる。「からゆきは日本の領土拡張主義の前衛部隊としていろんな国でその活路を探し出した」日本のある映画監督がフィリピン新聞とのインタービューで明らかにした内容である。(Manila Bulletin,87年2月5日号)1987年ショッキングな映画一遍が日本で作られた。この映画が上映された途端、日本人観客たちは驚愕した。なぜなら映画のストーリが想像を超越するほど奇想天外な内容であるのみならず問題はそれが歴史的な事実を根拠で作られたノンフィックションであるとのところであった。「女衒」(人身売買という昔の日本語)というこの映画は暑い論争を呼び起こした話題性ほどは大ヒットはしなかった。しかしこの映画を観覧した観客たちが受けた衝撃は凄かった。本来この映画を作った今村昌平は意識のある映画を作ることで有名な監督だが、「女衒」だけは自国人の日本人たちには消化しにくい内容だった。
想像してみろ。現代の日本人は誰でも世界中の経済大国「日本」を誇らしく思っている。その誇らしさが過ぎて傲慢な態度で頻繁に傍若無人の行動で周りの国を対する。そういう次第に事実は「日本という国が混血児、芸者、娼婦、農村の少女たちを東南アジアへ追い出し体を売らせて、その外貨を元で戦争も起こし、今日の経済的な基盤も押し固めた」といわれたらどんな気持ちかな」一言で虫を噛んだような気分であるはずだ。それか、新しい服を喜んで着たのに実はその服がお母さんが体を売って稼いだお金で買ったのがわかったとき感じる複雑微妙な気分・・・。実際多くの日本人はそんな気分だったそうだ。
(続き)
上の内容は前に紹介したノンフィックション作家の山崎朋子氏の主張と同じ脈絡である。「・・・ヨーロッパ帝国の力は強く日本の力は弱く、そのために日本が東南アジアを占領するには列強アジアとしての力が手中に入る第1次世界大戦後まで待たなければならなかった。明治初期から中期にかけてそのような状況を背景で追いかけてみたら自分の肉体を商品にしてアジア諸国へ出ていったからゆきたちは、日本のアジア諸国に対した軍事的、政治的進出の先頭に立った一種の経済進出だったつもりである。ロ日戦争が始まり出征のために内地へ帰る人たちが多くなった。その中、旅費のない人にはからゆきたちが帰国旅費をくれた。それから1904年(明治37年)、戦争推進献納運動が起きたときにはからゆきたちが5千ドルを越える金を集めて日本政府に献納した。・・・」すべて山崎朋子氏が書いた「愛と鮮血」、「アジア女性交流史」(筑摩書房)にでる内容である。やはりフリドマン記者の主張は山崎氏の言葉と一貫した流れであるのがわかる。
日本の為政者たちはもちろんこういう主張に対し鸚鵡のように繰り返して「違う」、「根拠ない」と極力否認するけどフリドマンや山崎氏よりもう一匙すくい取る人がいる。「からゆきは日本の領土拡張主義の前衛部隊としていろんな国でその活路を探し出した」日本のある映画監督がフィリピン新聞とのインタービューで明らかにした内容である。(Manila Bulletin,87年2月5日号)1987年ショッキングな映画一遍が日本で作られた。この映画が上映された途端、日本人観客たちは驚愕した。なぜなら映画のストーリが想像を超越するほど奇想天外な内容であるのみならず問題はそれが歴史的な事実を根拠で作られたノンフィックションであるとのところであった。「女衒」(人身売買という昔の日本語)というこの映画は暑い論争を呼び起こした話題性ほどは大ヒットはしなかった。しかしこの映画を観覧した観客たちが受けた衝撃は凄かった。本来この映画を作った今村昌平は意識のある映画を作ることで有名な監督だが、「女衒」だけは自国人の日本人たちには消化しにくい内容だった。
想像してみろ。現代の日本人は誰でも世界中の経済大国「日本」を誇らしく思っている。その誇らしさが過ぎて傲慢な態度で頻繁に傍若無人の行動で周りの国を対する。そういう次第に事実は「日本という国が混血児、芸者、娼婦、農村の少女たちを東南アジアへ追い出し体を売らせて、その外貨を元で戦争も起こし、今日の経済的な基盤も押し固めた」といわれたらどんな気持ちかな」一言で虫を噛んだような気分であるはずだ。それか、新しい服を喜んで着たのに実はその服がお母さんが体を売って稼いだお金で買ったのがわかったとき感じる複雑微妙な気分・・・。実際多くの日本人はそんな気分だったそうだ。
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これは メッセージ 55983 (bottomlineshock さん)への返信です.