>私が倭王を嫌やがる理由
投稿者: koshien21c 投稿日時: 2005/08/19 16:36 投稿番号: [54369 / 60270]
>1895年(高宗 32) 日本公使三浦梧樓の指揮する暴徒たちが景福宮に乱入して明成皇后を殺害して ,その死骸を強姦して最後に火に乗せて化粧した前代未聞の事件をやらかした.
又、捏造した嘘の歴史かい。笑
当時景福宮には退役陸軍少将ウイリアム・ダイー将軍指揮下、500余名の守備隊がいた。
たった37,8名の日本人で攻撃できると思っているのか。圧倒的多数の革命派朝鮮人が攻撃し、日本人はその援護だよ。
閔妃の殺し方も、焼くなどするのは日本人ではありえないね。
そして、革命軍の景福宮攻撃とほぼ同時に、大院君はソウル市内に下記内容の檄文を掲載した。
「近年、閔妃を中心とする一派が善良なる者を排斥し、狡猾なる者を用いて維新の大業を中断した。ゆえに500年の宗社は一刻の猶予も無き危機に直面している。余は宗臣としてこれを座視できない。従ってこのたび入閣して大君主をお守りし、邪悪な輩を追い出し、維新の大業をなして500年の宗社を守ろうとするものである。民は案ずることなく生業を守り、軽挙妄動してはならない。万一、民と軍人のなかに余の行く手をさえぎる者あらば、これは大罪ゆえ、後悔なきようにせよ。」
更に、閔妃死後数日後に発表された高宗の勅書
「朕が位について以来32年が過ぎ、治下が至らないのは、皇后閔氏が親戚を引き入れ彼等を左右において朕の耳目を塞ぎ、人名を圧迫し、政令を乱し、官職を売買したためだ。閔妃の虐待は天まで昇り周囲に詐取が起き、宗社は危ういほど傾き、礎石を保つことが出来ない。朕は閔妃の極悪無道な事実を知りながらも、罰をくだせないのは朕が不明であることにも理由があるが、かの一党が恐れてのことなのだ。(中略)閔妃の罪悪は実に天地にみなぎり、二度と宗廟を継げない、我々王家の慣わしによって閔妃を庶民に廃すものである。」
閔妃は高宗から庶民に格下げされたが、
日本より名誉回復され「明成皇后」の呼称を貰ったのが、歴史では正しい。
どうだ、朝鮮の歴史家?の嘘が又判っただろ。
これは メッセージ 54341 (youjie1004 さん)への返信です.
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