もちろん脚色はある。
投稿者: bosintang 投稿日時: 2005/08/05 23:51 投稿番号: [53186 / 60270]
野坂昭如が神戸で空襲にあったのは、中学3年のときだった。6月5日に焼け出され、遠縁の親戚の家に身を寄せたのは三日後のことだ。
彼は回想している。
「1年4ヶ月の妹の、母となり父のかわりをつとめることはぼくにはできず、それはたしかに、蚊帳の中に蛍を放ち、他に何も心をまぎらわせるもののない妹に、せめてもの思いやりだったし、泣けば、深夜におぶって表を歩き、夜風に当て、汗疹と、虱で妹の肌はまだらに色どられ、海で、水浴させたこともある。」
その後、彼の妹は栄養失調で亡くなるのだが、「ぼくはせめて、小説『火垂るの墓』に出てくる兄ほどに、妹をかわいがってやればよかったと、今になって、その無残な骨と皮の死に様を、くやむ気持ちが強く、小説中の清太に、その想いを託したのだ、ぼくはあんなに優しくなかった」
(新潮文庫解説)
これは メッセージ 53180 (bosintang さん)への返信です.
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