で?
投稿者: doronpa90 投稿日時: 2005/08/02 15:06 投稿番号: [52754 / 60270]
なんなの?
http://toron.pepper.jp/jp/syndrome/meishin/hangasii.html96年2月19日付・中央日報では、
カン・ウバン国立慶州博物館長(仏教美術史)の談話を引用して、次のように報じている。
7世紀に新羅で(仏像が)作られ日本に渡っていったという主張の根拠は、
材木の種類と製作方法、関連記録などにある。
日本の木造仏像の大部分が檜であるのに対して、
この半跏像は当時新羅で多く自生していた赤松であるという点。
日本の木造仏像が大部分、体の幾つかに分けて作り、これを組み立てているのに対して、この仏像は一つの材木を削って作られており、日本の様式と異なるという点。
(中略)
しかし、この三つの根拠も掘り下げれば、不確実な点が現れる。
赤松は韓国にのみあるのではなく、日本にもある事が確認された。
三国時代の木造仏像が韓国国内に全く残っていない状況で、
則ち比較する対象が無いのにも関わらず、
材質と製作方法が日本の方式と異なるという事実をのみをもって、
新羅のモノだとは、断定するのに無理がある。
結局のところ、韓国の学会では、この仏像の出自に関するいずれの学説も定説にはなっていないようである。
これは メッセージ 52749 (mari_feb6 さん)への返信です.
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