東夷とは
投稿者: koshien21c 投稿日時: 2005/07/27 15:46 投稿番号: [52082 / 60270]
三国志魏書 東夷伝では、
1.扶余
夫餘は長城の北にあり、玄菟を去ること千里、南は高句麗と、東は[手邑]婁と、西は鮮卑と接し、北に弱水(黒龍江か?)あり、方二千里ばかり。
2.高句麗
遼東の東千里にあり、南は朝鮮・[シ歳]貊と、東は沃沮と、北は扶余と接す。
3.東沃沮
高句麗蓋馬大山の東にあり、大海に沿いて居す。その地形東北狭く、西南長し、千里ばかり、北は[手邑]婁・扶余と、南は[シ歳]貊と接す。
4.[手邑]婁
扶余の東北千余里にあり、大海にそい、南は北沃沮と接し、未だその北の極むるところを知らず。その土地、山険多し。その人形夫餘に似るも、言語は扶余・句麗と同ぜず。
5.シ歳
南は辰韓と、北は高句麗・沃沮と接し、東は大海に窮す、今朝鮮の東皆その地なり。戸二万。昔箕子すでに朝鮮に(往、ゆ)き、八条の教を作り以ってこれを教え、門戸の閉無くして民盗をなさず。その後四十余世、朝鮮候準僭号して王を称す。
6.馬韓
西にあり。その民土着し、種植・蚕桑を知り、緜布を作る。各長帥あり、大は自らの名を臣智となし、その次は邑借、山海間に散在し、城郭なし。
7.辰韓
馬韓の東にあり。その耆老、伝世し、自ら古の亡人にして秦の役を避けて韓国に来適し、馬韓その東界の地を割きてこれに与うと言う。城柵あり、その言語は馬韓と同じならず。
8.弁辰
韓と雜居し、また城郭あり。衣服・居処辰韓と同じ。言語・法俗相似る、
9.倭人
省略
これは メッセージ 52037 (inishieni さん)への返信です.
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