日本は何故、反省しないのか?

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>蛮族の問題点。

投稿者: amityansukijp 投稿日時: 2005/06/03 11:35 投稿番号: [48828 / 60270]
ああ、こいつは国がやばいというのに、宗教に凝って国庫の6倍もの金を浪費していたやつだろう。

参考だ。

「日韓共鳴ニ千年史」   名越二荒之助   平成14年   明成社
全責任を負って処刑された李周會将軍
閔妃殺害事件をめぐってロシア公使ウェーベルは動き始めました。そのこともあってか、外国の政府代表は大院君政権の承認を拒否し、直接、高宗国王との交渉を主張しました。しかし、どの政府も国益を重視して、この暗殺問題で日本に抗議した国はありませんでした。日本政府としては欧米諸国との不平等条約(関税自主権や外国人を裁判する権利が日本に認められていなかった)を改正するという悲願もあり、対外的な配慮もあって三浦公使以下四十余名を広島の獄に送り、裁判にかけました。それを知った李周會は悩みました。彼はかつて国王に対して「閔妃と奸臣を宮廷から遠ざけ、国王親政を実現するよりほか、国家の滅亡を救う道はない。それができなければ、自分の首を斬って貰いたい」と死をもって諌言したことがあります。その時国王は聞き容れず、李周會を宮廷外に追い出してしまいました。それ以来彼は官を辞し、野に下って日朝の志士と往来し、八方画策しておりました。そしてこのたび閔妃事件が突発し、三浦公使以下は獄に繋がれました。彼は「日本が我国のために尽してくれたことは数えきれない。このたび公使以下多数の志士が拘留せられた。朝鮮人として見るに忍びない」として閔妃暗殺の全責任を負い、自分が閔妃を殺害したと供述し、他の二人(尹錫禹、朴鉄)と共に処刑されました。時に明治二十八年十月十九日、五十三歳。
三浦梧楼公使は広島の獄中でこのことを知って痛哭し、次のような七言絶句の詩を作りました。
   廃沢荒山玉尚存   銀難国歩哀王孫
   無由一束供青草   涙向西天灑義魂
   〈荒廃した朝鮮にも玉のような心があった。朝鮮国の前途を思えば気の毒に堪えない。自分は獄中にいるため献花することもできず、西の空に向かって李周會の義魂に涙を注ぐのみである。)

おいおい、朝鮮人自身が自首しているぜ。
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