>本来
投稿者: samurai_03_japanjp 投稿日時: 2005/04/27 16:08 投稿番号: [47361 / 60270]
>このあたりはサムライさんが詳しいかな?
うわっ!乗り遅れまつた・・・
「江戸っ子」・・・狭義には、神田界隈の町人地に代々住む町人(仰る通り、3代続いた)を指します。
更に狭義には、神田明神の産湯を使った・・・となりますが。
流石にここまでは「狭義」にはしません。
一般的には、江戸時代の町人地(神田・浅草・深川・下谷、等々の『御朱印内の町人町』)に代々住む人々を指します。
ご一新以来、人口の流入が広がり、江戸時代の武家屋敷跡や、田畑(渋谷区や新宿区、中野区等、西部、北西部)にも民間住宅街が広がった結果。
「東京に3代続いて住んでいる人」が広義の「江戸っ子」
狭義には「下町(浅草・神田・深川・下谷・千駄木、等々)、旧街道宿(品川、大森、等々)に3代続けてすんでいる人」
ではないでしょうか。
因みに江戸時代の「江戸の人口」は、17世紀には100万人を越しておりますが(同時代で世界1、2位の大都会)
町人人口はその約半分の50万人弱。
残り50万人強は武家人口でした。
明治維新後、江戸(東京)の人口が激減した時期がありますが。
これは
1.諸藩江戸屋敷詰め藩士(その家族も)が国許に「帰国」した。
2.直参(御目見え以上の旗本、御目見え以下の御家人)のかなりの数が、駿府に向かった。(徳川家は維新後「駿府藩」に封ぜられた)
これにより、半分強を占めた武家人口が「いなくなった」為です。
*決して、イニ師のいう様に、江戸時代の100万人の人口の子孫が、今の東京都に数百万いる、という理屈では有りません(苦笑
これは メッセージ 47343 (ricky_eto さん)への返信です.
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