日本は何故、反省しないのか?

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>論点がずれているように思えます

投稿者: shinkuuboakagi 投稿日時: 2001/05/15 23:50 投稿番号: [4214 / 60270]
大東亜戦争戦争が開放戦争ではなかったというのが国際社会の共通した考えだというようなことに対する反論でした。

国際社会とは具体的にどのような国々を言うのか、本当に、総ての国々をいうのか。そういいきってもいいのか、ということでした。一番大事なのは、日本が進出した国々の人々の考えでしょうね。

「もし日本なかりせば、アジアは依然西欧列強の植民地だったはず」と考える現地の人々は多数にのぼると思いますよ。事実このような現地の声に関するレスはたくさんありました。(中国については複雑なので、別に置きます)

ではあの戦争はどんな戦争だったのか。「結果として」アジア諸国は独立したが、日本の大東亜開放のかけ声とは異なって実質は侵略戦争だった、と考える非左翼・良識派の日本人は多いですね。

私は、日本が西欧勢力を追い出し、アジア開放を唱えたが故に、戦後のアジアはもはや以前のアジアではなくなっていた、というのは事実であり、この点に関する日本の功績はいくら強調しても強調しすぎることはないと思っています。

私は、アジア開放を教え込まれた一般の将兵のみならず、当時の指導部もかなり本気でアジア開放を信じていたと思います。東条でさえも。(東条はインド独立国民軍の姿にどう感じたかはかつて投稿しました)

事実はどうか。私の答えーーわからない。なぜか。それは日本が負けたから。本当に難しい問題はむしろ日本が勝った場合にきたと思っている。もし日本が「百に一」勝っていたら、日本は東南アジア諸国を西欧列強とは違ったあつかいをしていたか。もしくは単にかれらに取って代わるだけだったか。

もし日本が西欧に取って代わっただけだったら、アジア開放のスローガンはうそだったのか、我々は新植民者になるために米英と戦ったのかという日本人は多く出たと思いますよ。ボルネオ、スマトラの石油、ボーキサイトを強奪するために戦ったのか、という人たちは多く出たと思います。

「ムルデカ」という映画でも軍の指導者が「インドネシア人と日本人はアジアの兄弟だ。諸君の将来の独立はちかって約束する」と演説する場面がありましたが、それもたしかに日本が勝ってみなければわからないことかも知れません。

戸川幸夫が「戦場の紙片」という中で、三浦護のことを書いています。三浦は戦前から長くインドネシアに住み、自転車屋などを営んで地元の人々にしたわれていたそうですが、戦争中は日本軍と住民の軋轢を解消する役目をやっていたようです。バリに住んでいた三浦は終戦後、地元の人々に、日本の約束した独立を諸君に与えられなかったのは日本人である自分の責任でもある、といって謝罪し(彼は自転車でバリ島全域を回って謝罪したそうです)、拳銃自殺しています。彼はおそらく思ったのでしょう。オランダがかならず再びやってきて、インドネシアを植民地にする、インドネシア人は再び元の悲惨な状態に戻る。
彼の墓はバリ州都デンパサールの郊外トゥガルのバス停前の墓地にあります。
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