論争による結果、哲学
投稿者: inishieni 投稿日時: 2005/01/10 22:09 投稿番号: [41453 / 60270]
じゃ、聞きましょう
ちょっと歪曲してるようで、訂正します。
君らは宗教・哲学・思想・倫理・道徳などが知らないので、なぜ人々が自分の宗教・哲学・思想・倫理・道徳のために死ぬのか、死ぬ覚悟で戦うのかを理解してません。
宗教・哲学・思想・倫理・道徳其々違う言葉で現れるでしょうけど、基本的に個人の信念に関わる事を断じて守ろうとしたのです。その自分の信念が守られたら死を覚悟してもよいと。
朝鮮の儒者も現代、お金に、物質主義に目が狂った君たちには見えない、自分達の信念を守るため、死の覚悟の上で議論をしました。
それは単なる礼論ではなく、そこに顰められた王権と臣権を廻った闘争、論争だったのです。
何を生む、何を生まないではなく、実際として存在した政治現場で、理想を実現しようとする努力だったのです。
今の君らには面白可笑しく語るネタに転じたでしょうけど、自分の信念のために死の覚悟の上に立ち向う先人の勇敢さに僕は賞賛します。
どうせ、君らにはもう一つの馬鹿にするネタに過ぎないでしょうけど。
これは メッセージ 41448 (mekatarami さん)への返信です.
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