いちおう通信使も
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2004/11/10 11:31 投稿番号: [40674 / 60270]
将軍が「天皇」の臣下である事を知っていて、それは日鮮両国でスルーだったようです。
室町時代の申叔舟の『海東諸国紀』(岩波文庫)では、歴代天皇紀と、そして、天皇の臣下である歴代「国王」(足利将軍の事)の事を、詳細に説明しています。
足利義満死去後、朝鮮の使節が明朝の使節を日本に「ご案内」して、「イルボンも貴殿の父上(義満)のように大明に朝貢しる!」というわけですが、義満の子の義持はキッパリ拒否、あくまで「征夷大将軍 源義持」と署名します。
朝鮮通信使は、対馬侵略後(結局宗一族に撃退された)、来日の際に、日本から「なんで明国の元号を使うんですか? 御所様(将軍)にお目通り願う際には、朝鮮独自の元号をデッチ上げた方がいいですよ」と勧められ、「ダメニダ! ウリナラは大明の元号を使うニダ!」と、つっぱねます。(中国・朝鮮から見れば、中国の元号を使わないイルボンは、「中国の皇帝陛下の皇化に浴さない野蛮人」となる。) (岩波文庫『老松堂日本行録』参照)
ですので、今の朝鮮人がそれらを知らないのは、単に無知過ぎるのか、それとも朝鮮での出版事情が悪過ぎるのか、それとも漢文を」ハングルに翻訳する手間が膨大だからしないのか、まあとにかくひど過ぎますね。
まあ確かに、通信使というか、李氏朝鮮の官僚は日本の公家と同じで、四書五経の暗記度合いは天下一品なわけで、彼等が日本の一般庶民や経済活動の隆盛に無関心、乃至は嘲笑していたとしても、可笑しくはありません。
日本の公家華族が、陸海軍の大将が訪ねてきても、使用人が「地下人(じげにん)が参りました」などと主人に取り次いでいたようなものでしょう。
明治政府の高官たちも、出自が下級士族や平民では、公家華族にしてみれば「地下」(京都御所の清涼殿に昇殿出来ない者、という意味)だったわけで、まあ李氏朝鮮の官僚も近かったろうと思います。
これは メッセージ 40668 (kohshien21 さん)への返信です.
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