日本人の風土
投稿者: shinkuuboakagi00 投稿日時: 2004/05/06 23:12 投稿番号: [36035 / 60270]
20年以上調べて分かった結果がそれか
2004/ 5/ 6 22:33
メッセージ: 3075 / 3075
投稿者: harimau_pasifik
神道と同じ自然宗教たるヒンドゥー教も特定の教義は持たんな。
創唱宗教に一神教が多いのは当然かな。創唱宗教なら、教義がねーとなりたたんだろう。
創唱宗教、作られた宗教ではない神道がバイブルとしての教義を持たんのはとうぜんなんじゃよ。ま、書かれたものが必要なら、古事記、日本書紀、古語拾遺の古代日本人の心持そのものが教義だな。
古の人々の心を心として会得すること。本居宣長の言うことじゃよ。
歴史は1つの精神の承継を表すから、歴史と神話が繋がってもかまわない。むしろ、我々の祖先は神だと考えることが、祖霊信仰に最もなじむ。
古事記、日本書紀は、神と人とをつなぐ基点となるという意味で、日本民族の連続性を持っている歴史を我々におしえてくれる。
教典がなければ自然から学ぶ。自然科学と同様に自然を観察する。但し感性を持って、山、川、動植物、ありとあらゆるものに神を見、八百万の神の存在を認める。
人間は自然の一部であり、自然を親としてわれわれが生かされている。自然を破壊することは親を破壊することである.親が子を思う気持ち、子が親を思う気持ち。子を守るのは親だけであり、祖先を祀るのは子孫だけである.従って、信仰の根本は祖霊信仰になる。
かくして、伝統が大事にされる。その1つの象徴が万世一系の天皇である。我々は天皇を戴き、天皇を護ることで、また逆にまもられているのである。
天皇とは我々自身であり、我々自身が天皇なのである。天皇が日本国民の象徴と言うのはこういう意味である。
多くの、とくに創唱、一神教的宗教は戒律をもうけ、視野を狭める閉鎖的なところがあるが、神道は寛大にして、おおらか、緩やかな信仰である。
これは メッセージ 36033 (greatjp22 さん)への返信です.
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