>虎は:こういう朝鮮人もいた
投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2003/05/04 03:16 投稿番号: [31300 / 60270]
曽根大尉に死刑の判決のある直前、法廷は同じく抑留所(スマラン)で、生えしく抑留者を殴った木村成坤君(25歳)の後半を始めた。この明朗そのものの朝鮮青年は、自分のやったことには絶対間違いも不法も内と主張しつづけ、日本軍人の命令でやったことだというように弁明させるべく、平賀弁護人が、件名に説いたが、ついに死刑の宣告をうけてしまった。
「なぜ殴ったか」という裁判長に、
「なまいきだから」と応じ、
「竹棒でなぐったのか」にたいし、
「いや、もっと固い棒だ」と答えるこの青年を救う道は
なかった。
あまり相手を怒らせては、という平賀にたいし、「いや、いいんですよ、かくごしてるんだから。。ぼくは悪いなんて決して考えやしませんよ」
死刑はあきらかであった。
何か書いておきなさい、というと、「歌を作ろうかな」と笑って次の手記を残している。
・・・・・・・・・・・(内容は秘録大東亜戦争史.蘭印偏にあり)
11日宣告を受け、よく12日より独房に写される。
死刑判決の日平賀弁護人が待っている部屋へきりっとした軍属の服装の肩から正しく水稲をつるしていた。「ほう、水筒ですね」
「ええ、おなかをこわすと嫌ですから熱いお茶をつめてきました」
平賀氏はもう何もいえなくなったとかたっている。
目隠しを拒んだ彼は、それまで一度も口に出さなかった朝鮮独立万歳を叫んだ。
こういう朝鮮人がいたら、朝鮮は最初から併合されなかったということ。この青年は大正末期にうまれたことになる。
この話は別の人がもうだしてくれていた。
これは メッセージ 31297 (information_delivery さん)への返信です.
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