返信2
投稿者: toshikun_ca 投稿日時: 2003/02/14 08:39 投稿番号: [30313 / 60270]
>日本にはあるよね、わけわからんヤツ?(笑
剣道のこと?だったら中国の影響なんて受けてないじゃん。ましてや、どうやって中国の影響を受けるのかどうかわからない。倭寇の時代は大体戦国時代、もちろん戦国時代は日本は中国からの武器や武術について影響を受けているわけがない。そして、戦国時代が終わると、安土桃山時代を経てすぐに鎖国になる。妄想ならやめてください。
>中国にどういう風に残ってんの?
残ってるジャン!、どこの博物館かは忘れたけど、倭刀って書かれた刀が展示されてるジャン。
>倭刀術に関する影響なんて所詮、安土城見て感嘆した宣教師の影響と変わらんもんだよ。歴史が証明してるじゃない?
あなた、自分で書いた文をもう一回読み直しなさい。>「長篠の合戦を見て驚きその戦法を研究し、後に欧州でもその戦法が用いられた」とか「安土城を見て感嘆しその工法がまねられた」とかいうのが影響を与えたって言えるんでしょ?>ってかいたじゃん。これってまさにそういえるじゃん。倭寇の武術の威力に驚き、研究して作られたんだから。そういえばもうひとついい証拠をお見せしよう。「室町時代前期の1429年、日本にきた朴端生は、次のように復命していた。それによると「日本の農人水車の設けあり」として、学生の金慎に「造車の法」を精査させて模型を作り、鍍銀(銀めっき)、造紙(紙漉)、朱紅、軽粉等の製造法を報告している。この時の復命では、日本の貨幣経済の実態や店舗商業の発展等にも及んだが、その中で技術に言及していたのは、渡航前に世宗から「倭紙堅靱、造作の法また宜しく伝習すべし」と、日本の技術を導入するよう命じられていたからである。だが残念なことに、それらの技術はいずれも朝鮮の風土に定着しなかった。灌漑施設としての水車の優秀性は、その後も何度か提議されていたし、造紙のほうも17世紀になり、柳馨遠が「倭楮の軽沢精緻に如かず」と、日本の楮(こうぞ)である倭楮を使った紙の製造を提唱しているからだ。これらの事実は、朝鮮側には日本の技術を受容し維持するだけの土壌が整っていなかったことを示している。これに対して日本では、朴端生が日本を訪れる百年以上も前に、水車を利用して離宮に川の水を汲み上げた話が『徒然草』(第五十一段)に記されている。その水車が農民たちの手で取り付けられていたことを考えると、当時、日本と朝鮮の間には相当の技術格差があったことがわかる。」朝鮮通信使などの翻訳本からです。これって、貴方の言う「影響」じゃないの?
人の文を見て馬鹿にするのって教養ある人のすることじゃないよ。
剣道のこと?だったら中国の影響なんて受けてないじゃん。ましてや、どうやって中国の影響を受けるのかどうかわからない。倭寇の時代は大体戦国時代、もちろん戦国時代は日本は中国からの武器や武術について影響を受けているわけがない。そして、戦国時代が終わると、安土桃山時代を経てすぐに鎖国になる。妄想ならやめてください。
>中国にどういう風に残ってんの?
残ってるジャン!、どこの博物館かは忘れたけど、倭刀って書かれた刀が展示されてるジャン。
>倭刀術に関する影響なんて所詮、安土城見て感嘆した宣教師の影響と変わらんもんだよ。歴史が証明してるじゃない?
あなた、自分で書いた文をもう一回読み直しなさい。>「長篠の合戦を見て驚きその戦法を研究し、後に欧州でもその戦法が用いられた」とか「安土城を見て感嘆しその工法がまねられた」とかいうのが影響を与えたって言えるんでしょ?>ってかいたじゃん。これってまさにそういえるじゃん。倭寇の武術の威力に驚き、研究して作られたんだから。そういえばもうひとついい証拠をお見せしよう。「室町時代前期の1429年、日本にきた朴端生は、次のように復命していた。それによると「日本の農人水車の設けあり」として、学生の金慎に「造車の法」を精査させて模型を作り、鍍銀(銀めっき)、造紙(紙漉)、朱紅、軽粉等の製造法を報告している。この時の復命では、日本の貨幣経済の実態や店舗商業の発展等にも及んだが、その中で技術に言及していたのは、渡航前に世宗から「倭紙堅靱、造作の法また宜しく伝習すべし」と、日本の技術を導入するよう命じられていたからである。だが残念なことに、それらの技術はいずれも朝鮮の風土に定着しなかった。灌漑施設としての水車の優秀性は、その後も何度か提議されていたし、造紙のほうも17世紀になり、柳馨遠が「倭楮の軽沢精緻に如かず」と、日本の楮(こうぞ)である倭楮を使った紙の製造を提唱しているからだ。これらの事実は、朝鮮側には日本の技術を受容し維持するだけの土壌が整っていなかったことを示している。これに対して日本では、朴端生が日本を訪れる百年以上も前に、水車を利用して離宮に川の水を汲み上げた話が『徒然草』(第五十一段)に記されている。その水車が農民たちの手で取り付けられていたことを考えると、当時、日本と朝鮮の間には相当の技術格差があったことがわかる。」朝鮮通信使などの翻訳本からです。これって、貴方の言う「影響」じゃないの?
人の文を見て馬鹿にするのって教養ある人のすることじゃないよ。
これは メッセージ 30309 (bianchi20022002 さん)への返信です.