日本は何故、反省しないのか?

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日帝下 台湾 嘉南の奇跡 

投稿者: rekyusok989 投稿日時: 2002/12/10 17:35 投稿番号: [28138 / 60270]
日本統治下の台湾島、不毛の嘉南平野に烏山頭ダムを建設し、豊かな穀倉地帯に変貌させ、
今尚、台湾、嘉義台南平野の60万の農民達に「神」として崇められる奇跡の日本人、八田興一氏。

今も東洋唯一の湿地式堰堤であり、米国土木学会は特に「八田ダム」と命名し、学会で世界に紹介。

二十世紀初頭としては画期的、独創的な数々の方法が八田の手によって実用された。

1.セミハイドロリックフィル工法
当時、米国ですら机上の工法であったこの方法を八田は採用。
研究を重ね、また米国視察及び当時の権威であったジャスチンと大論争を展開する。

八田は、この地域における地震と断層の多発を考慮し、浸透水による堰堤の決壊を有効に防げるこのアースダム方式を採用した。

2.大型土木機械の導入
労働力の有り余る当時としては常識外れなこの案は、請負業者や組合の大反対に合いながらも、莫大な費用を投じて導入。

八田は、「人力では二十年掛かっても無理。工期の短縮で逸早く農地の活用ができればそれだけ早く金を生み、工費も実質安くできる」と言った。

3.職員宿舎の建設
宿舎はもとより、病院、学校、大浴場、娯楽設備を整え、また芝居、映画、お祭りなども催し、従業員だけでなく、家族のことも考慮した町作りを行った。

八田は「良い仕事は安心して働ける環境から生まれる」と言った。

70余年を経て、今尚、一億トンもの水を堰きとめている烏山頭ダムを以ってしても、嘉南平野15万町歩の土地全てに水を同時供給は不可能であった。

八田の「土木工事はダムや水路を作って終わりではない」と言う考えが新たな独創を生んだ。

4.三年輪作給水法の導入
全ての土地を50町歩に区画し、150町歩を1区域にして、水稲、甘薯、雑穀と三年輪作栽培で水稲は給水、甘薯は種蒔時期のみ給水、雑穀は給水無しの形で順次栽培を行った。給水路には水門がつけられ、50町歩を1単位として灌漑を行った。
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