韓国人の知らない歴史3
投稿者: CDU_CSU 投稿日時: 2001/04/16 00:21 投稿番号: [2732 / 60270]
396年高句麗第19代広開土王が再び百済に侵攻し阿華王を屈服させると(碑)
応神8年(398年)日本は百済に侵攻し阿華王に日本を裏切らないよう誓わせ王子の直支(後の18代腆支王)を人質として日本に連れ帰った。この話も日本書紀だけでなく朝鮮の三国史記や広開土王碑文(九年己亥百済違誓与倭和)にものっている。
その後400年広開土王が新羅に援軍を出し日本は任那まで後退したため新羅は独立した。(碑)
百済に関しても王子を日本に差し出す習慣が残ったが(21代蓋鹵王の王子昆支や末多{後の24代東城王}、最後の王、豊璋など)徐々に力をつけ独立していった。そして任那も新羅・百済に侵され562年に滅亡した。
以上みてきたようにかつて百済・新羅・任那は大国日本にほんろうされる小国だった。
また百済が日本に中国の文物を伝え、技術者を送ったのも決してボランティアではなく日本が百済を守り自治を認めるみかえりであったと言える。
以上の歴史を韓国政府はかくさず歴史教科書にのせるよう抗議する。
これは メッセージ 2731 (CDU_CSU さん)への返信です.
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