日本は何故、反省しないのか?

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韓国人の知らない歴史

投稿者: CDU_CSU 投稿日時: 2001/04/16 00:04 投稿番号: [2730 / 60270]
韓国の歴史教科書には百済が九州に進出し大和朝廷を成立させた強国だったかのような記述があるが古代国家の国力の基盤が農業である以上日本の県数個分の領土しかもたない百済・新羅は小国だった。
そしてそれは歴史書の記述でも明らかである。今回はそれをまとめた物を紹介したい。使った歴史書は日本側から日本書紀(以後書と略す)朝鮮側からは三国史記(以後史)、三国遺事(以後遺)広開土王碑文(以後碑)である。
  四世紀中ごろ高句麗、新羅の攻撃に苦しんでいた百済は神功皇后46年(西暦366年)日本と同盟を結んだ。(書)369年高句麗が百済に侵攻すると(史)神功皇后49年(369年)日本は任那を占領しそこから新羅を攻撃した。(書)背後を襲われる心配のなくなった百済は371年高句麗に侵攻しソウルを奪い高句麗第16代故国原王を戦死させる大勝利を収めた。(史)神功皇后52年(372年)百済第13代近肖古王はお礼として七枝刀と呼ばれる刀を贈った。(書)この刀には百済王が日本王のために作ったという文字が刻まれ七つの枝は日本が征服した任那の七王国を意味するといい今でも奈良・石上神宮に伝わっている。ここに日本を兄、百済を弟とする同盟が始まった。
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