東海vs日本海
投稿者: kusotaka 投稿日時: 2002/07/31 01:10 投稿番号: [24813 / 60270]
地理学的に見ると、東海(トンへ、日本名・日本海)は地中海である。韓半島、ロシア、日本に囲まれた海という意味だ。東海は、その沿岸国が共有する海だ。それで韓国では、所有の概念ではなく、方向の概念で、この海を東海と呼んでいる。
日本は北東アジア3カ国の海を「日本のもの」という所有の概念で日本海と呼んでいる。日本の主張通りなら、数十万人の韓国人は今、束草(ソクチョ)、江陵(カンルン)、海雲台(ヘウンデ)の日本海沿岸でバカンスを楽しんでいることになる。
先週ウラジオストクでは、韓国、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)、ロシア、中国、英国、フランスの地理学者が出席した海の名称に関するセミナーが開かれ、問題となっている海に国際的に統一された名前をつける方法を議論した。
セミナーは、ロシア科学アカデミー極東支部の太平洋地理研究所と韓国の東海研究所が共同で主管した。ロシアの国家機関がこのような会議をロシアの地で初めて開いたということは、特記すべきことだ。ロシアは自分たちも東海と呼んでいだ海が、日本海と表記されることにあまり反応を見せなかった。
同会議は、当事国が名称に関して合意に至るまで、地名に関する国際的な一般原則に従い、東海と日本海を併記することを提案する決議案を採択した。東海と日本海を併記することは、韓国の暫定的な立場だ。
専門家らがそれを支持したのは、東海と日本海の長い戦いがついに転換期を迎えたことを意味する。ウラジオストクの日本総領事館がこうした決議案の採択に対してロシア側に抗議したのは、日本側の衝撃を反映している。
日本は、日本海という名称を最初に使用したのは17世紀以降のヨーロッパの人々で、日本海という名称の普及が日本の韓国統治とは無関係であり、海の名称は専門家会議で決定できない政治的な問題だと主張しながら、議論自体を徹底的に避けてきた。
日本がよく引き合いに出すのが、イタリア宣教師マテオ・リッチとフランスの探検家ラパルスの地図だ。マテオ・リッチは1602年中国を旅行した後出版した世界地図で東海を日本海と表記した。
ラパルスは1787年探険隊を率いて済州道(チェジュド)に到着し、朝鮮(チョソン)の東海岸を踏査した。彼の探険報告書に東海が日本海と表記されたことが、西洋に日本海という名前を広める重要な契機になった。
しかし日本が見逃している資料がある。13世紀のイタリアの探険家プラノ・カルピニのアジア旅行記が、朝鮮半島東方の海を東海と表記したのである。これが西洋の文献に初めて登場する東海という名前だ。ヨーロッパが本格的な海外探険に乗り出した17世紀以降作られた地図で、東海という名前は数的には日本海を圧倒する。
重要なのは今日の大勢だ。
米国の地図製作会社のランドマクナリー、マイクロソフト、国連の人道主義活動計画が、東海を日本海(東海)と併記している。大英百科事典1998年版のCD−ROM地図は、韓国の部分は「東海(日本海)」、日本の部分は「日本海(東海)」と記している。
98年、国連地名標準化会議が、日本の反対を押し切り、議長声明で韓国の立場を支持したこと、そして2000年ナショナルジオグラフィックが東海と日本海の併記を決定したことは、日本海に対する東海の勝利だ。
主要メディアでは、ニューヨークタイムズが東海と日本海を併記し、CNNは日本海としていた慣行を捨て、どちらの名前も使っていない。CNNが2つの名前を併記するのも時間の問題だ。
東海の名称問題で、日本は徹底的に孤立している。国連の専門家グループ、地理学者と地図専門家の会議体である国際水路機構(IHO)、世界の主要マスコミと地図製作会社を相手にもう少し東海という名の正当性を説明すれば、この2つの名称の併記という一次的な目的は難なく達成されるだろう。
韓日ロ3カ国が、いつかは「友情の海」や「青い海」のような同じ価値中立的な名称で合意する可能性もある。それは遠い先のことだ。まずは愛国歌(韓国国歌)1番に出てくる我々の東海を、日本海との共存を通じてでも、世界の主要地図に載せることが重要だ。
中央日報
日本は北東アジア3カ国の海を「日本のもの」という所有の概念で日本海と呼んでいる。日本の主張通りなら、数十万人の韓国人は今、束草(ソクチョ)、江陵(カンルン)、海雲台(ヘウンデ)の日本海沿岸でバカンスを楽しんでいることになる。
先週ウラジオストクでは、韓国、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)、ロシア、中国、英国、フランスの地理学者が出席した海の名称に関するセミナーが開かれ、問題となっている海に国際的に統一された名前をつける方法を議論した。
セミナーは、ロシア科学アカデミー極東支部の太平洋地理研究所と韓国の東海研究所が共同で主管した。ロシアの国家機関がこのような会議をロシアの地で初めて開いたということは、特記すべきことだ。ロシアは自分たちも東海と呼んでいだ海が、日本海と表記されることにあまり反応を見せなかった。
同会議は、当事国が名称に関して合意に至るまで、地名に関する国際的な一般原則に従い、東海と日本海を併記することを提案する決議案を採択した。東海と日本海を併記することは、韓国の暫定的な立場だ。
専門家らがそれを支持したのは、東海と日本海の長い戦いがついに転換期を迎えたことを意味する。ウラジオストクの日本総領事館がこうした決議案の採択に対してロシア側に抗議したのは、日本側の衝撃を反映している。
日本は、日本海という名称を最初に使用したのは17世紀以降のヨーロッパの人々で、日本海という名称の普及が日本の韓国統治とは無関係であり、海の名称は専門家会議で決定できない政治的な問題だと主張しながら、議論自体を徹底的に避けてきた。
日本がよく引き合いに出すのが、イタリア宣教師マテオ・リッチとフランスの探検家ラパルスの地図だ。マテオ・リッチは1602年中国を旅行した後出版した世界地図で東海を日本海と表記した。
ラパルスは1787年探険隊を率いて済州道(チェジュド)に到着し、朝鮮(チョソン)の東海岸を踏査した。彼の探険報告書に東海が日本海と表記されたことが、西洋に日本海という名前を広める重要な契機になった。
しかし日本が見逃している資料がある。13世紀のイタリアの探険家プラノ・カルピニのアジア旅行記が、朝鮮半島東方の海を東海と表記したのである。これが西洋の文献に初めて登場する東海という名前だ。ヨーロッパが本格的な海外探険に乗り出した17世紀以降作られた地図で、東海という名前は数的には日本海を圧倒する。
重要なのは今日の大勢だ。
米国の地図製作会社のランドマクナリー、マイクロソフト、国連の人道主義活動計画が、東海を日本海(東海)と併記している。大英百科事典1998年版のCD−ROM地図は、韓国の部分は「東海(日本海)」、日本の部分は「日本海(東海)」と記している。
98年、国連地名標準化会議が、日本の反対を押し切り、議長声明で韓国の立場を支持したこと、そして2000年ナショナルジオグラフィックが東海と日本海の併記を決定したことは、日本海に対する東海の勝利だ。
主要メディアでは、ニューヨークタイムズが東海と日本海を併記し、CNNは日本海としていた慣行を捨て、どちらの名前も使っていない。CNNが2つの名前を併記するのも時間の問題だ。
東海の名称問題で、日本は徹底的に孤立している。国連の専門家グループ、地理学者と地図専門家の会議体である国際水路機構(IHO)、世界の主要マスコミと地図製作会社を相手にもう少し東海という名の正当性を説明すれば、この2つの名称の併記という一次的な目的は難なく達成されるだろう。
韓日ロ3カ国が、いつかは「友情の海」や「青い海」のような同じ価値中立的な名称で合意する可能性もある。それは遠い先のことだ。まずは愛国歌(韓国国歌)1番に出てくる我々の東海を、日本海との共存を通じてでも、世界の主要地図に載せることが重要だ。
中央日報
これは メッセージ 1 (you_beaut さん)への返信です.