鉄
投稿者: zauber_berg 投稿日時: 2002/02/14 22:04 投稿番号: [20441 / 60270]
だんだんトーンダウンしてきましたね(笑)。
>三国時代の韓半島と倭列島の文明水準を比べてみたらすぐ答えが出る問題です。当時、鉄器文化の絶頂期で鉄製武器を生産してた三国と、その武器を輸入してた倭のどちらが強かったでしょうか?
これは確かに一つの指標です。ですが尚更、先の文を例示した意味が無くなりますね〜。
それから、この伝でいくと日本から刀剣を大量に輸入していたしていた明朝は、日本よりも文明水準が低く、軍事的に弱かったことになってしまいますよ。
また日本における鉄器の導入はBC5〜4世紀頃とされ、ほぼ全国的に普及したのは紀元前後、鍛冶の開始は2世紀、製鉄の開始は6世紀前半とされています(確実な遺跡から見た場合)。
その間、『三国志』「魏書・東夷伝・弁辰条」には
「国出鉄、韓、[偏水旁歳]、倭、皆從取之」
と記されているように、3世紀には弁辰(伽揶)の鉄を韓・ワイ・倭が得ていたことが伺え、さら5世紀にはイルクジ氏が「鉄器文化の絶頂期」と言ってるように、確かに大量の鉄廷(鉄のインゴット)が作られて倭がこれを輸入していたと考えられていますね。
しかし注意しなければならないのは、倭が主に輸入したのは鉄器の中間原料である鉄廷であり、武器ではないということです(もちろん武器が皆無というわけでもない)。つまり、前述のように鍛冶遺跡が2世紀から増えていった倭では、鉄廷を輸入して武器・農具を自前で作成し利用した(鍛冶技術の導入については、大陸・半島の影響は否定しません)のであり、ここで「三国の武器が倭より優れていたので輸入した→文明水準が低く弱かった」という論は説得力をまったく失うのです(「好太王碑文」に記される、高句麗と戦いを繰り広げた倭は、「劣った武器で互角あるいはそれ以上の戦いをしたのか?」という話にもなりかねませんね)。
もちろん、倭が圧倒的に強かったと言いたいのでもないので、そこの所はきちんとご理解を。ただ、朝鮮諸国が倭より文化的・軍事的に勝っていたわけでもないし、逆に倭が何らかの形にせよ任那に勢力基盤を持ち、高句麗・新羅と戦を交え、任那滅亡後もその朝貢を新羅に問うている−新羅はこれを無視できていない−のですから、倭の方が比較的勢力が勝っていたと考えるのが、客観的に見て"常識"なんじゃないでしょうか?
これは メッセージ 20420 (ilkuji_99 さん)への返信です.
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