>義満が日本王位をもらった経緯
投稿者: hontokasila2 投稿日時: 2002/02/12 09:53 投稿番号: [20335 / 60270]
一言でいえば、中国人なりに気をつかったということでしょう。
義満は実質的に日本の支配者でありながら、形式上の役職は征夷大将軍に過ぎず、天皇の部下にしか過ぎないのです。
日中間で国交を回復する場合、「将軍」の呼称では国家元首として認められず、国交を結ぶ当事者としての能力がないことになります。
これには明側も困ったことでしょう。
といって、日本には実権はないものの、「天皇」という形式的な皇帝がおり伝統的な権威をもちつづけている。
したがって、義満を皇帝として扱うこともできない。
そこで考案されたのが「日本王」という名称でしょう。
ニュアンスとしては「諸侯の王」といったところでしょう。
これならば国家の代表権があり、中国側からみれば国交を結ぶのに好都合だったのだと思います。
日本人側からすれば、義満の役職名など別にどうでもよかったわけで、天皇の伝統的権威さえ冒さず、国家を代表していれば満足だったのですよ。
おそらくこの名称については、当時の日明の事務当局者同士で綿密な打ち合わせがあったのだと思います。
中国人が日本にエクソシズムを感じているのは本当でしょうね。
彼らは秦の始皇帝が派遣した徐福が日本人の祖先だと思い、現代の中国人もそう思っているようです。
日本人もそういった話には歴史のロマンを感じるので敢えて否定はしないのですよ。
韓国人が「ウリナラはイルポンの子孫ニダ」という主張に対して大半の日本人が嫌悪感を感じるのとは対照的ですね。
>韓国人は日本式に呼ばれるのに拒否感を示すんじゃないですか?中国にも同じような文句言ったのかな−?
これ面白いですね。
中国人に対しては、韓国人の名前をどう呼ばせているのでしょうね。
日本人と中国人が名刺を交わす時、お互いの国での呼び方を確認し、失礼のないようにしています。
これは メッセージ 20328 (bianchi20022002 さん)への返信です.
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