日本は何故、反省しないのか?

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チョックバリの心理深層分析

投稿者: ilkuji_99 投稿日時: 2002/01/10 13:19 投稿番号: [18030 / 60270]
数千年の間、文明とは距離が遠い未開原始をしていた原始土人は
中国、韓国など漢字文化の中心圏から離れて、常に文明を、一方は憧れながら
一方は疎外感と持ってて、嫉妬心を育てていた。
三国時代の三国は可哀相な未開島にいろいろ文明を伝えたり学問を
伝授したりした。その文化というのはほとんど韓国固有のものだった。
中国から伝えたのは仏教、漢字、儒教くらいだった。
一から百まで韓国から全部教えてもらった未開島国は、
だんだん訳の分からない反発心も育ち始めた。剣一本よく使って多くの敵を殺せば
殺すほど偉いものになる典型的な未開国の風潮に慣れたら、
自然に難しい文より剣一本で出世できるとの邪悪な心性を持つようになったのだ。
この状態ではいくら熱心に教えても頭を使わないのですぐ忘れてしまう。
学問を崇拝しないので恩を正しく返す方が分からない。
いや、分かってはいたとしても感謝する心はなく、自分の無知さと未開さを
想起させる韓国が憎くなった。
ある日、韓国に行った使節団が朝廷で王様に哀願した。
「我が国には帽子がないです。何をかぶればいいでしょうか?」と。
王様は履いていた靴下を抜いて彼らに投げた。「これをかぶれ!」と。
そのときから島では靴下帽子が流行になった。
島を統一したサル秀吉は今まで韓国に無視されたと思い、恩国を侵略することで
恵みを返すことにした。
七年間戦ったが結局、勝てなくて傷ついて逃げていた。
面白いのは1592年の侵略の後、1597年の再侵のときの動機は
島にはない陶器がほしかったというのだ。島では偉い人しか使えない陶器は韓国では一般人の家で使ってたのだ。
そこで劣等感を持った倭賊は陶器と陶器技術者を強制連行して行った。
島の陶器文化はそのときから始まったのだ。
韓国朝廷は恩を侵略で返す未開島ものに呆れて二度と国交を結ぼうとしなかった。が、サル秀吉が死んだ後、政権を取った徳川が国交再開を哀願した。
先進国からの承認なしでは政権維持が危なかった徳川にとっては
韓国の承認は何より大切だったのだ。
島の招待で島に行った韓国の通信士一行の行列は5KMに至った。
島の国民の歓迎ぶりは見事なことだった。たとえ従僕として付いていった子供さえに一画文章を書いてもらいたくて
老人さえ哀願した。
文化を熱望する一般人にとっては先進国の文物をもらえる絶好のチャンスだったのだ。
アメリカにより強制開港された後は、西洋の文物をもらいながらサルは考えた。
対韓劣等感と鬱憤を返すにはアジア全体を裏切って軽蔑しようと決めた。
そこで脱亜入欧との奇怪な発想を出したのだ。
そしてアメリカにやられた通り韓国にやった。こんなサルたちに良心とか倫理なんかは
既に存在しなかった。劣等感を切り替えて優越感を持つには侵略して、
支配するのが一番だと思った。文弱に落ちた韓国は育ち犬にやられたのだ。
馬鹿だといわれても仕方ない。無道な未開者に道徳とか倫理意識を期待したのは
純真だった。現在、経済的に優越になったと思っても心の中では
韓国人を恐がるし、わざと無視しようとしようと、学校で学んだ通り軽蔑しようとするが、
なかなか気になって気楽にならない。
あ、サルよサルよ!劣等意識は恐いものだね。
それにこれくらい豊かになったんで世界に
「これが日本の文化だ!我らはこれがあるからこんな発展をしてきた!」と
自慢もしたいけど、問題は韓国の存在なんだ。
韓国の文化を盗んだのでそれこそ韓国の動きが気になって不安なのだ。
そこでなんでも韓国を重傷謀略して評価絶下しようと。
チョンチョンチョンと侮辱しようと。(大笑)
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