大日本帝国陸軍銀輪部隊
投稿者: shinkuuboakagi555 投稿日時: 2002/01/05 21:31 投稿番号: [17712 / 60270]
生物学トピで書いといたから読んどけ。
ひとつ間違いをした。
人間には分があると言ったが、あれはお前を人間扱いしたことになるから取り消し。
銀輪部隊もしらねーのはやはり在日だな。
書いてやろうか。
「一日120キロ・銀輪部隊快進撃」
日本軍は凄まじい快進撃を始めた。先鋒の第五師団(師団長・松井太朗中将、兵員15,352人、車両1千両、)に続いて、近衛師団(師団長・西村琢磨中将、兵員12,649人、車両914)も怒涛の南下、第18師団(師団長牟田口連也中将、兵員20,226人)
はまだ主力が加わっていなかったが、後方から続々到着しており、日本軍は大波が押し寄せるようにシンガポールへ、シンガポールへ、とマレー半島を進撃していた。
歩兵は日本から送られたり、タイや仏印で調達した自転車を利用して進撃をスピードアップしており、これは銀輪部隊といわれた。
軽快に走る銀輪部隊はマレーを敗走する英軍にとって脅威であった。銀輪部隊は川にあたれば、担いで渡り、あるいは船に積んでわたる。
昭和17年1月2日英軍はカンバルで総崩れになって敗走する。カンバルを攻略した日本軍はさらに進撃する。その戦闘には銀輪を連ねる快速部隊があった。疾風のように進む銀輪部隊は日本軍の花形であった。
「インド兵が日本軍の味方に」
インドやマレーの人々は大英帝国の顔色を失わしめた日本軍の強さに驚嘆し、こんな歌を流行させた。。
「生き延びればいい日が来る
アジア人のためのアジア・・・うそじゃない」
マレーの虎、怪傑ハリマオ・日本人・谷豊、マレー人の子分3,000人をもつ。敵はイギリスとその手先の中国人なり。
どうだ、うらやましいだろう。朝鮮は何か海外で活躍したか。
これは メッセージ 17711 (bianchi20022002 さん)への返信です.
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