禅
投稿者: shinkuuboakagi555 投稿日時: 2002/01/04 22:49 投稿番号: [17615 / 60270]
私は神道なんだけど。
ある小説からの書き写し。
「・・・禅は印度にはなかった。中国でおこったものである。ただ中国でも開祖達磨大師の座禅の真意はまるで理解されておらず、バラモンの座行と誤解された。それはただ座っているので座禅宗と呼ばれ、あとで略されて禅宗になったーというのだ。つまり達磨の禅は六度の禅定と同列に考えられるものではない、と道元禅師はいうておる。禅宗というものは誤解を招くだけの間違った呼び方である。あえて言えば仏法の全道、並べて言うべきものなし。」
わが国に伝わったのは臨済と曹洞である。臨済宗は参禅するものに公案を与え、それを突き止める事で修業させるいわゆる看話禅である。曹洞宗は黙照禅とよばれる。こちらはただ座るのみ。
この作者は禅を英語でmeditationというのは全くその真意をわかっていないという。
まあ、所詮英語で書いた日本文化の解説書などあまり当てにならないものが多い(当てになる少数のものあるけど)。
ついでにいうと、真言密教などはお釈迦様の教えからはるかに遠い。悪魔や霊や荒行を否定したのが釈迦。荒行をやっても何ら悟るところが無かったというところから釈迦の悟りが始まった。
が、すべての宗教がそうであるように、仏教も開祖の死後開祖自体が神(仏)とみなされるようになった。
これは メッセージ 17606 (yusura_papa さん)への返信です.
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