私の父の場合
投稿者: fufufu2121 投稿日時: 2001/11/14 12:33 投稿番号: [14731 / 60270]
私の父は1932年生まれ。幼いころをソウルで過ごしました。終戦となり日本へ引き上げてくる途中、当時6才の妹を含む家族3人を韓国人に殺されました。そのことをある韓国人にいうと、「証拠がない。ねつ造じゃないか?それに日本人はひどいことをしたのだから、それくらい当たり前だ。」といわれ、つくづく「怨」の国民だと思いました。韓国人が日本でひどい目にあったように、日本人も韓国でひどい目にあっています。それが表に出ないのは、そういうことをいうと、さまざまな形で批判を受けるからです。私は今の韓国を見ていて、うまく外交カードとして反日感情を使っているとしか見えません。要するに、日本が気に入らないということを「戦争」に引っ掛けていった方がいかにも正論のように聞こえるし、金になるからでしょう。歴史の相互理解という聞こえのいい言葉でごまかしてはいるが、韓国が納得する結論はないのではないですか。際限なくゆすりとれる材料を、韓国人が手放すわけはありません。戦争の事を反省するのは日本人ですが、戦後の事を反省するのは韓国人だと思います。私は韓国と日本は永遠に理解し合えない隣国であり、それでいいと思います。
これは メッセージ 1 (you_beaut さん)への返信です.
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