日本は何故、反省しないのか?

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れ:>忍

投稿者: shinkuuboakagi555 投稿日時: 2001/11/07 00:16 投稿番号: [14294 / 60270]
>昔は、「孟子は日本には届かない」というようなことが言われていたらしいですね。(正確な言い方は忘れましたが)
なぜか、孟子の書物を乗せた船は日本に来る前に沈没するか流されて違うところへ言ってしまうかした、という話なのですが、要するに、日本は「取り入れるものを選んだ」ということの寓意でしょう。


この話は以前ネットで一度調べたことがあります。そのときのコピーから得たものと私の考えを記します。

「民を貴しとなし、君を軽しとなす」という孟子の民主主義的な言葉が江戸時代の学者にわが国の封建社会に合わないとされ、そのため孟子の書を積んだ船は沈没するという俗説まで流布された。こういう風に簡単に書いたページもありました。

この意味はわかります。殷を討った周は、「暴君放伐」(モナルコマキ)をやったのであり、天の命に応じて民の望みに従ったこの易姓革命は肯定さるべきだということでしょうね。このような考えがわが国には合わないということ。

ところが、物事はそう簡単ではないようです。

以後はほかの方の物の書き写しに近いことをお断りしておきます。

上田秋成の雨月物語の一編、「白峯」のなかで、西行が政争に敗れ非業の死をとげた崇徳院の亡霊と対話したとき、院は、天子の位は人間の位として最高のものだが、天子が人道を乱したときは天の命に従い、民の望みに従って、これを討つ。自分の行為のどこがまちがっているのだ、という。

西行はいう。シナの孟子は武王が殷王を討ったのは天下の民を安くするためであるという。しかし、これは天照大御神の血筋が
代代絶えることなく続いているわが国には適さない。かの国の聖の教えもわが国には適さぬ。だから、多数の船がシナの本を運んでくるなかで、孟子の本を積んだ本だけが神風にあって沈んでしまい、日本にこないといわれるのだ。

この中で、上田秋成は重要なことを示唆している。   キリストの神は絶対で、間違いをおこしえないが   (このことを直接いっているわけではありませんが)、天皇は現実の人間であり、間違いも犯す。   この場合、どうするか。

秋成は本居宣長の言天照大神の絶対性と日本文化の普遍性について反対し、そのローカル性を主張する。   事典はいづれも一国一天地、という。ということは逆に、孟子も中国だけにおいて妥当性を持つことを主張していることになる。

この点に関していうと、本居宣長は孟子を積んだ船は沈没する派だし、秋成は、沈没には無関係派ということになる。

しかし、思想は国の枠を越えてくる場合がある。秋成の考えを超えて。

日本が取り入れるものを選んだ、ということに関しては、日本は大陸の宦官や両班の制度を取り入れなかったし。   これが昔からの日本人のバランス感覚の優れていたところですね。   日本人が優れていたのか(文化を含めて)、日本の気候風土のせいか、私は両者の要因を考えます。
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