黄金の国ジパング
投稿者: u26699 投稿日時: 2001/11/01 00:23 投稿番号: [13823 / 60270]
1274年、元の皇帝フビライハンは強制斥候とも言える第一回目の元寇を行った後、1281年、第二回目の元寇を開始した。蒙古軍14万、軍船5000隻が博多湾に襲来したのであった。しかし、上陸前夜ともいえるその夜、暴風雨のため蒙古軍は壊滅した。
このとき、イタリアはベネチアの商人マルコポーロは元の首都大都、今の北京に在って皇帝フビライに仕えていた。彼はやがてベネチアへ帰り「東方見聞禄」を出すのだが(1299年)。日本のことは黄金の国ジパングとして紹介した。そこでは金が溢れ屋根は金で葺き、食器もすべて金でできているなどのでたらめが書かれた。元軍は日本へ侵攻できなかったため、日本についての正確な情報が何も無かった、情報のない分をホラで埋めたのである。この「東方見聞禄」は当時ヨーロッパでは唯一のアジア情報であったからその通り信じられ、一人歩きを始める。駄ボラが妄想を掻き立てた。
やがてその妄想に取りつかれ実行に移そうとする男達が現れて来る。それが世界史上のいわゆる大航海時代の幕開けとなった。彼らの動機はジパングの金とインドの香辛料であった。
ところで、イルクジ君、朝鮮は「東方見聞禄」で、なにか書いてもらってるの?
これは メッセージ 1 (you_beaut さん)への返信です.
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