>>なんでかな?台湾
投稿者: mkan2253 投稿日時: 2001/10/16 08:34 投稿番号: [12529 / 60270]
>国民党が侵入してきたとき、台湾人たちは犬が去って豚がきたと比喩したそうです。
犬は番犬として役に立つこともあるが、豚は無秩序に食い散らかすだけだということだそうです。
日本も犬扱いですから、それほど良く思われていたわけではないんですね。
台湾人の親日は国民党支配に対する面あてだそうです。
台湾人監督の作った映画「悲情城市」や「多桑」などによる日本人の描写ではかならずしもそうではないね。
悲情城市は1947年の2.28事件をあつかったものだから、そこで描かれる日本人は本格的な国民党の支配の始まる前の日本人のことを描いている。
「多桑」は「父さん」の当て字。
主人公の「父さん」は日本教育を受けた世代。
自分の息子にも自分をトーサンと呼ばせる。
日本と台湾のスポーツの試合では日本を応援し,子供たちからは,奸漢とよばれている。ラジオが壊れれば,やはり日本製じゃないとだめだななどという。
その主人公の夢はいつか日本に行って、皇居と富士山を見ることだったが,それを果たせずに死んでしまう。
大人になった息子はやっとその父さんの気持ちがわかるようになった。その息子のしたことは父の遺影を持って日本に行って皇居と富士山をみせてやることだった・・・
こういう台湾人の気持ちは国民党への面当てで好日になったとは思えないけど。
これは メッセージ 12493 (Roadster_Z さん)への返信です.
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