再び,「アジア主義」(その1)
投稿者: reiseinihanashimasyou 投稿日時: 2001/09/18 12:23 投稿番号: [10086 / 60270]
ちょっと気合を入れてマジレスします.
日本のナショナリズム=アジア主義は,GHQ によりほぼ完全に消し去られました.でも,
たった5, 6 年の占領では,また復活しますよね.そんな短期間では世代交代すら無い
ですから.
そこで,GHQ が採った方法は,日本のナショナリズムと軍国主義を強固にリンクさせて
日本人の精神に刷り込むというものでした.これにより,ナショナリズムを復活させよう
とするものは軍国主義者として糾弾され,言論的に抹殺されるシステムが完成しました.
アジア主義のルーツは,「日本=アジア文化の博物館」という認識です.アジア的個人
主義が完成した宋の時代がアジア文化のピークだと岡倉天心は考えました.宋が元に滅ぼ
されたことにより,日本はアジア的個人主義の伝統を受け継ぐ唯一の国になりました.
日本はアジア文明を護る義務を負い,日本を護ることとアジアを護ることは同値であると
考えられるようになりました.
アジア的個人主義というのは,手っ取り早く言えば禅の思想です.仏教では,精神世界
を「彼岸」,すなわちあちら側の世界と考え,物質的な現世とは別世界と考えていました.
儒教は物質的な世界を運営していくために規律を重んじました.そこに,「人の心に仏
有り,仏の心に人有り」という即身仏の思想が登場します.これは,人間は精神世界を
内在しており,これにより物質世界を制御することが可能だ,という画期的な思想でした.
つまり,人間自らが欲を抑え,他者を助け,社会に貢献していくように生きていくことが
できる,そういう「仏性」を,人間ならば誰でも持っている,という思想です.この思想
(精神世界により物質世界を制御する)が後に歪曲され,精神力を持ってすれば兵器に
優れた西洋にも勝てる,等という馬鹿なことを言う輩が登場したのは不幸なことでした.
自らが持つ精神性により欲や功名心を抑え,それぞれが社会に貢献していくことを通じて
個人が自己実現を達成する,という考え方が「アジア的個人主義」です.例えば,明治
元年に出された「国威宣布ノ宸翰」には,「天下億兆一人も其所を得ざるときは皆朕が
罪なれば」(国民の一人でもその所を得ないような事があれば,それは天皇である私の罪で
あるから)という言葉が有ります.「所を得る」とは,社会の中で個人がかけがえのない
存在となり,その役割を通じて自己実現を図る,という意味です.
これは,日本人の倫理観そのものでした.人様に迷惑をかけるな,という,日本で古くから
行われていた教育は,アジア主義にそのルーツが有ります.
(続く)
これは メッセージ 10054 (jacobitejp さん)への返信です.
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