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首相の議員の息子

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2010/06/13 00:13 投稿番号: [388 / 2812]
生徒会会長で>「戦争責任・謝罪」とうるさいから
って学校で何やっているんでしょう。

息子議員も今でもサヨなんでしょうか。

http://nihon9999.blog77.fc2.com/blog-entry-5758.html
菅 源太郎(かん げんたろう、1972年10月30日 - )

東京都生まれ。本籍地は岡山県御津郡建部町(現:岡山市)。
父・直人が好きな歴史上の人物である児玉源太郎が命名の由来である。

中学校で生徒会長になるも生徒会でリコールされる。
そのまま不登校になるが1988年、武蔵野市立第六中学校を卒業し佼成学園高等学校に入学するも翌年5月に中退する。

後に大学入学資格検定に合格。
1990年5月、「子どもの権利条約の批准を求める10代の会」を結成し市民活動を開始する。

1998年から1999年まで肥田美代子衆議院議員の秘書を務める。
2000年5月には選挙権年齢の引き下げを通じた若者の政治参加を目指して「Rights」を結成(2001年9月に特定非営利活動法人化)。

2003年の第43回衆議院議員総選挙、2005年の第44回衆議院議員総選挙に岡山1区から民主党公認で立候補したが、いずれも自由民主党の逢沢一郎に破れ落選した。

日頃より政治家の世襲に反対していた父・直人が息子の立候補を認めたことに対して批判が起きた。
このとき直人は「地盤・看板・カバンを引き継いでおらず、世襲ではない」とコメントし、また「政治家として優れた人間がたまたま息子だった」とコメントを続けている。

2006年には京都精華大学人文学部に入学、2010年3月、京都精華大学人文学部を卒業した。
また、卒業を前に結婚。
2010年4月、株式会社第一総合研究所に就職する。


____________________

菅源太郎は幼い頃から政治少年だった。
小・中学校では生徒会活動に積極的に参加したが、生徒総会での<不信任>をきっかけに、学校に通う動機付けが無くなり中3で不登校。  

中学校の生徒会で不信任案を喰らった理由。

・教師ばかりいい顔するから。(明らかな内申点狙い)

・教師の言いなり。(生徒が希望すものは拒否し、教師が禁止だといえば即日禁止)

・「戦争責任・謝罪」とうるさいから。(正直、政治に関心がない)

・教師は生徒会の人間ばかり優遇するから(遅刻減点免除。これが決定的となった。)

ちなみに不信任案は1〜3年の生徒総会で出され、校則により全校生徒の「3分の2」の支持が必要だが、
1・2年は面白がって、「不信任」を支持。
(これは各クラスで工作した結果)結果は「不信任」。

結果が出た直後、「か〜え〜れ!」コールが全生徒から出る。
生徒会長は半泣きになりながら、退場。→その後、全校生徒拍手!!
それ以来、彼を学校で見たものはいない・・・
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