科挙に関しては
投稿者: guiseinoyuu 投稿日時: 2003/11/11 18:53 投稿番号: [844 / 6952]
順番違いかもしれませんが、逆に科挙が浸透しない社会だったと考えるべきだと思っています。
司馬遼太郎氏『競争の原理の作動』から引用します。
日本も大化改新という七世紀の大むかしに、皇太子時代の天智天皇と藤原鎌足が、一種の天皇革命をおこしてこれをまねたことがある。ところが、まねた瞬間から、朝鮮のように優等生にはならず、まったくの落第生になった。
奈良朝・平安朝という律令国家というのは、外面はわりあい中国・朝鮮式のそれに似ている。しかし中国・朝鮮式の国家なら皇帝(もしくは王)の独裁であらねばならないが、日本の場合は天皇はつねに権威であって権力でなく、権力はその補佐者(関白など)がこれをにぎるという二重構造になっており、これはほとんど原理的といっていい。
ついで、中国・朝鮮式の儒教的専制国家ならば、皇帝の専制の手足になる大官はことごとく皇帝親裁の試験で採用されるのだが、日本では藤原氏を中心とする血族団体―公卿―がそれを担当する。この点で、致命的な失格である。だから日本史上、中国やヨーロッパの皇帝に相当する強大な権力――朕は国家ナリという式――をもった天皇はついに出現せず、原理的に出現できないしくみになっている。
不良、落第生、失格者で本当によかったと思います。
これは メッセージ 843 (hellolovers さん)への返信です.
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