>我が国での鉄器の普及は
投稿者: CDU_CSU 投稿日時: 2003/09/25 00:00 投稿番号: [793 / 6952]
やはり日本の鉄器時代の研究はこれからだと思いますが、
日本に鉄器が入って来たのは前400年ごろから前300年ごろで、
青銅器と同時だったと言われています。もっとも、最近は諸説ありますが。
やはり日本においても鉄器の普及は地域差がありまして、最も早い九州北部
で紀元前後ごろ、それが全国へとひろがるのは紀元後300年ごろと言われて
おります。
ただ九州北部と半島南部は縄文時代から深い結びつきがありまして、倭のほうからも人が向こうに渡っていました。
で、この両地域の鉄器の普及は紀元前後ごろと、さほど違わないみたいです。
またこの時代の記述が魏志倭人伝だったと思いますが、ありまして半島南部あたりで倭人も鉄を取っていたようで自己調達のルートがあったようです。
半島南部釜山・金海のあたりでは倭系の土器や銅鉾などが出土しておりまして興味ぶかいところです。
倭人の支配者の墓なのか現地人の支配者が倭の青銅器をありがたがったのかははっきりしませんが私は前者の可能性が高いかと思います。
もちろん入手した鉄は日本全土の必要量をまかなうほどではなかったかと思います。
あと鉄器の普及と軍事力の関係については私なりに思うところありまして鉄器の普及が必ずしも戦の勝ち負けを左右したとは思わないんですよ。
この時代の鉄器が果たしてどの程度質の良いものが出来たのかとか鉄剣と石剣でしのぎを削って刃こぼれするのはどっちかとか石鏃の矢で鉄製の短甲は貫けるかとか凄い興味あるのですが誰も実験してくれません。
でもベニヤ板数枚(盾を想定)の後ろに豚肉の塊(人肉を想定)をおいて石鏃の矢で
射抜く実験を見た事がありますが見事に豚肉まで射抜きました。
例えば鉄剣の兵士と石剣の兵士どちらが勝つと思われますか?
私なら剣術の達者な方が勝つと答えます。
あるいは鉄剣の兵士百人と石剣の兵士五百人ではどちらが勝つかとか考えると必ずしも鉄器が普及した方が勝つとは限らないと思うんですがどう思われますでしょうか。
もちろん鉄製武器のほうが大量生産に向き加工が簡単なのは認めますけども。
日本に鉄器が入って来たのは前400年ごろから前300年ごろで、
青銅器と同時だったと言われています。もっとも、最近は諸説ありますが。
やはり日本においても鉄器の普及は地域差がありまして、最も早い九州北部
で紀元前後ごろ、それが全国へとひろがるのは紀元後300年ごろと言われて
おります。
ただ九州北部と半島南部は縄文時代から深い結びつきがありまして、倭のほうからも人が向こうに渡っていました。
で、この両地域の鉄器の普及は紀元前後ごろと、さほど違わないみたいです。
またこの時代の記述が魏志倭人伝だったと思いますが、ありまして半島南部あたりで倭人も鉄を取っていたようで自己調達のルートがあったようです。
半島南部釜山・金海のあたりでは倭系の土器や銅鉾などが出土しておりまして興味ぶかいところです。
倭人の支配者の墓なのか現地人の支配者が倭の青銅器をありがたがったのかははっきりしませんが私は前者の可能性が高いかと思います。
もちろん入手した鉄は日本全土の必要量をまかなうほどではなかったかと思います。
あと鉄器の普及と軍事力の関係については私なりに思うところありまして鉄器の普及が必ずしも戦の勝ち負けを左右したとは思わないんですよ。
この時代の鉄器が果たしてどの程度質の良いものが出来たのかとか鉄剣と石剣でしのぎを削って刃こぼれするのはどっちかとか石鏃の矢で鉄製の短甲は貫けるかとか凄い興味あるのですが誰も実験してくれません。
でもベニヤ板数枚(盾を想定)の後ろに豚肉の塊(人肉を想定)をおいて石鏃の矢で
射抜く実験を見た事がありますが見事に豚肉まで射抜きました。
例えば鉄剣の兵士と石剣の兵士どちらが勝つと思われますか?
私なら剣術の達者な方が勝つと答えます。
あるいは鉄剣の兵士百人と石剣の兵士五百人ではどちらが勝つかとか考えると必ずしも鉄器が普及した方が勝つとは限らないと思うんですがどう思われますでしょうか。
もちろん鉄製武器のほうが大量生産に向き加工が簡単なのは認めますけども。
これは メッセージ 791 (licky_eto さん)への返信です.
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