これもな
投稿者: quicksilver_pollution 投稿日時: 2003/09/20 23:43 投稿番号: [765 / 6952]
【コラム】民族と親日
カナアン農軍学校の金容基(キム・ヨンギ)校長は「民族というものは3000万人の民族をいい、領土というものは3000里の山河をいいます。歴史というものは半万年の歴史をいいます」と教えてくれた。私はこの話を聞いた瞬間、目が覚めるような感じだった。民族という言葉の意味がこれほどはっきりと具体化されたのを、40歳を超える彼から初めて聞いたのだ。
ところで金容基校長はいつ誰から民族という言葉を習ったのだろうか。25年が過ぎたいま、こうした質問が頭に浮かんでくる。少なくともこれだけは明らかである。民族という言葉は明治維新以後に日本でつくられたということだ。中国人が日本人に漢字文化を伝えた功績を誇れば、日本人は「中華人民共和国」から「中華」を除いた「人民」と「共和国」という言葉は現代の日本が作ったと言い返すという。
日帝が朝鮮を併合した際、朝鮮にはこの併合を恥じる主体の民族意識がなかった。民族は民族意識と同じだ。したがって朝鮮には「民族」がなかった。李完用(イ・ワンヨン)らが「売国」した朝鮮には主権と領土はあったが、自らを国民だと意識してその主権と領土が自分たちのものだと主張する民族がなかった。王と両班のものとしての朝鮮朝の主権は、韓日合併前、既にほとんど自滅していた。外勢との争いに敗れて滅亡したのではない。李完用らが「売国」したというのは誇張された修辞である。
争いは清国、日本、ロシアという外勢の間で、無主物となった朝鮮の主権を先取りしようして行われた。親日派、親ロ派、親清派は名前を付け替えた四色党派の変種にすぎないと見るのがいっそのこと適切でないだろうか。日本が朝鮮の主人となった後、親日派という朝鮮のエリートは老論の世の中を継承しただけだ。滅亡した朝鮮朝に忠誠だった「臣下」を民族主義者だったということはできない。
民族は外部的には他の民族との境界ないし葛藤、内部的には民族主権という2つの側面をたどって意識化される。朝鮮王朝のように「民」には垂直的に捧げる忠誠だけがあり、水平化された自由と人権がない国家では、民族主権がないため、国家があっても民族意識はあり得ない。さらに自由と民主主義がない国の民族意識は虚偽意識(false conciousness)でしかない。
日本人は日帝が韓国に鉄道と学校を建設したことを誇りに思っている。ウォン・イルファン(H.B.アンダーウッド)教授は、日帝が韓国に及ぼした功労は鉄道や学校の建設ではなく両班階級の破壊だと話す。驚くべき洞察力だ。しかしおそらく日帝のもっと大きな功労は、たとえこれを感謝することはできないとしても、他民族による支配という苦痛と葛藤を通じて韓国人に民族意識を芽生えさせてくれたことではなかろうか。
民族を構成する要件は共通した言語、神話、領土の3つだといわれる。この3つのうち最も重要なのは共通した神話であり、現代のすべての民族に共通した最も重要な神話は自由と民主主義だと私は考える。19世紀ヨーロッパの民族主義は、民族固有の古代神話を作り出すことに熱狂した。しかし過去の神話がない米国では、自由と民主主義という未来の神話で「米国民族」をつくっている。アフガニスタンでのテロとの戦争でも、ソルトレークシティ冬季オリンピックでも見せた強力な米国の「民族主義」である。
韓国でも民族意識が本格的に定着し始めたのは、韓国で産業化と民主化が本格化した1980年代からだとみられる。外部的には日帝時に芽生えた民族意識が、内部的にはようやく茂り始めた。個人の自由と繁栄という未来の神話が、韓国でも民族意識の正常かつ最も重要な要素である。
日帝時の民族的抗日運動をした先覚者らは民族の師表として称賛を受けるに値する。しかし日帝時の親日をすぐに民族に対する離反と見なすことには、過去の無意識を現在の意識で判断するという時間的エラーがある。したがって親日派を断罪しなければならないという政治的退行性強迫観念は何にもならないだろう。失敗した、または失敗する政治家の運命的な煽動として、古いレコードのように反復回転をするだけである。
姜偉錫(月刊エマージ編集人)
2002.03.07 15:04
http://japanese.joins.com/php/article.php?sv=jnews&src=opi&cont=opi0&aid=20020307150452100
カナアン農軍学校の金容基(キム・ヨンギ)校長は「民族というものは3000万人の民族をいい、領土というものは3000里の山河をいいます。歴史というものは半万年の歴史をいいます」と教えてくれた。私はこの話を聞いた瞬間、目が覚めるような感じだった。民族という言葉の意味がこれほどはっきりと具体化されたのを、40歳を超える彼から初めて聞いたのだ。
ところで金容基校長はいつ誰から民族という言葉を習ったのだろうか。25年が過ぎたいま、こうした質問が頭に浮かんでくる。少なくともこれだけは明らかである。民族という言葉は明治維新以後に日本でつくられたということだ。中国人が日本人に漢字文化を伝えた功績を誇れば、日本人は「中華人民共和国」から「中華」を除いた「人民」と「共和国」という言葉は現代の日本が作ったと言い返すという。
日帝が朝鮮を併合した際、朝鮮にはこの併合を恥じる主体の民族意識がなかった。民族は民族意識と同じだ。したがって朝鮮には「民族」がなかった。李完用(イ・ワンヨン)らが「売国」した朝鮮には主権と領土はあったが、自らを国民だと意識してその主権と領土が自分たちのものだと主張する民族がなかった。王と両班のものとしての朝鮮朝の主権は、韓日合併前、既にほとんど自滅していた。外勢との争いに敗れて滅亡したのではない。李完用らが「売国」したというのは誇張された修辞である。
争いは清国、日本、ロシアという外勢の間で、無主物となった朝鮮の主権を先取りしようして行われた。親日派、親ロ派、親清派は名前を付け替えた四色党派の変種にすぎないと見るのがいっそのこと適切でないだろうか。日本が朝鮮の主人となった後、親日派という朝鮮のエリートは老論の世の中を継承しただけだ。滅亡した朝鮮朝に忠誠だった「臣下」を民族主義者だったということはできない。
民族は外部的には他の民族との境界ないし葛藤、内部的には民族主権という2つの側面をたどって意識化される。朝鮮王朝のように「民」には垂直的に捧げる忠誠だけがあり、水平化された自由と人権がない国家では、民族主権がないため、国家があっても民族意識はあり得ない。さらに自由と民主主義がない国の民族意識は虚偽意識(false conciousness)でしかない。
日本人は日帝が韓国に鉄道と学校を建設したことを誇りに思っている。ウォン・イルファン(H.B.アンダーウッド)教授は、日帝が韓国に及ぼした功労は鉄道や学校の建設ではなく両班階級の破壊だと話す。驚くべき洞察力だ。しかしおそらく日帝のもっと大きな功労は、たとえこれを感謝することはできないとしても、他民族による支配という苦痛と葛藤を通じて韓国人に民族意識を芽生えさせてくれたことではなかろうか。
民族を構成する要件は共通した言語、神話、領土の3つだといわれる。この3つのうち最も重要なのは共通した神話であり、現代のすべての民族に共通した最も重要な神話は自由と民主主義だと私は考える。19世紀ヨーロッパの民族主義は、民族固有の古代神話を作り出すことに熱狂した。しかし過去の神話がない米国では、自由と民主主義という未来の神話で「米国民族」をつくっている。アフガニスタンでのテロとの戦争でも、ソルトレークシティ冬季オリンピックでも見せた強力な米国の「民族主義」である。
韓国でも民族意識が本格的に定着し始めたのは、韓国で産業化と民主化が本格化した1980年代からだとみられる。外部的には日帝時に芽生えた民族意識が、内部的にはようやく茂り始めた。個人の自由と繁栄という未来の神話が、韓国でも民族意識の正常かつ最も重要な要素である。
日帝時の民族的抗日運動をした先覚者らは民族の師表として称賛を受けるに値する。しかし日帝時の親日をすぐに民族に対する離反と見なすことには、過去の無意識を現在の意識で判断するという時間的エラーがある。したがって親日派を断罪しなければならないという政治的退行性強迫観念は何にもならないだろう。失敗した、または失敗する政治家の運命的な煽動として、古いレコードのように反復回転をするだけである。
姜偉錫(月刊エマージ編集人)
2002.03.07 15:04
http://japanese.joins.com/php/article.php?sv=jnews&src=opi&cont=opi0&aid=20020307150452100
これは メッセージ 764 (quicksilver_pollution さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/ffc4znrbbkoc0ah_1/765.html