『日本書紀』で盗む記述
投稿者: age_pan_kyushoku 投稿日時: 2012/01/02 15:47 投稿番号: [6596 / 6952]
朝鮮人は古代から犯罪者だった
『日本書紀』天智天皇紀には668年(天智天皇7年)のこととして、「是歳。沙門道行盗草薙剣、逃向新羅。而中路風雨。荒迷而帰」
(この年、僧道行が草薙剣を盗んだ。新羅に向かって逃げたが、その路の途中で風雨が荒れ、迷って帰ってきた。)と記載されている。
熱田神宮の社伝では、新羅の僧・道行が、熱田神宮を参詣した折、清雪門より内部に侵入し、草薙剣を盗み出したとなっている。
(この事件以来、清雪門は「不開門(あかずのもん)」と呼ばれ、閉ざされたままとなっている。)道行は草薙剣を持って祖国の
新羅に渡ろうとしたが、嵐により果たせず失敗に終わったとする点は『日本書紀』と同じである。
社伝によると道行はその後捕らわれの身となり、草薙剣は宮中で預かることになった。686年(朱鳥元年)になって、
草薙剣は熱田神宮に返還された。ただしこれは、天武天皇が草薙剣の祟りによって病を得て崩御したことがきっかけであったとされる。
なお、大阪市の放出(はなてん)という地名は、道行が神罰(嵐)を怖れ、草薙剣を放り出したことが由来
(はなつて→はなて→はなてん)とする説があり、同地にはその伝承を伝える阿遅速雄(あじはやお)神社がある。
>新羅の僧・道行が、熱田神宮を参詣した折、清雪門より内部に侵入し、草薙剣を盗み出した
当時の僧といえば文化の担い手でもあり洗練された教養人である以前に宗教的戒律や精神修養によって
自らを戒める訓練を受けているはず、
それが育ちの悪い市井の俗人よろしく己の欲望のままに窃盗など普通にありえない
むしろ朝鮮人だからこそありえたと云うべきか
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