百済25代武寧王501-523の実の弟, 継体天皇
投稿者: kundaikun 投稿日時: 2010/08/19 15:41 投稿番号: [6095 / 6952]
百済25代武寧王501-523の実の弟, 継体天皇
白人のインド人の甕棺墓文化だった 武烈天皇が
黄色人の横穴式石室墳文化だった大和百済勢力の 継体天皇から政権を失う。
結局, 15代 応神天皇から 25代 武烈天皇までのバビルロニアの血統だった
白人の伽揶(倭)の天皇家は大和百済勢力の
百済武寧王の実の弟, 継体天皇のクーデタで
すべての政権を忘れてしまう。
その当時大陸百済は 蓋鹵王が高句麗軍によって戦死したし,
高句麗が大陸百済の王位に白人の匈奴王を任命した複雑な時期だから
蓋鹵王の子孫だった武寧王が大陸百済の白人匈奴王に恨みが生じたし,
日本にいる弟に天皇即位と大陸百済の王権復帰を思ったし
百済は日本の大和百済勢力を復興させて天皇で即位したことは必至だった。
その当時,大陸百済の 東城王,文周王などは 蓋鹵王の息子ではなく
高句麗が任命した白人の匈奴王(後燕の 慕容氏=新羅の 金氏)だった。
こんな不当な行為に頭に来た日本に逃げていた百済王子,武寧王と継体天皇は
百済王権復位に全力をつくしたことだ。
必ず百済の継体天皇が白人のインド人の武烈天皇(倭)を殺すしかなかった理由だったことだ。
すなわち, 日本の歴史と大陸の歴史は白人と黄色人の戦争の歴史だった。
これは メッセージ 6082 (satoruba03 さん)への返信です.
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