1500年前,世界最高の百済 綿織物発見
投稿者: kundaikun 投稿日時: 2010/07/16 17:34 投稿番号: [5707 / 6952]
1500年前,世界最高の百済綿織物発見
最近忠南 扶余陵山里古墳群で 6世紀百済寺の跡から出た百済山織物が国内で一番古い綿織物実物で確認された。 国内綿織物の歴史が 800年以上繰り上げられるようになったのだ。
国立 扶余博物館は最近 陵山里寺の跡出土品分析過程で 1999年の調査当時遺跡低湿誌で木器類とともに出た織物固まり(幅 2cm,長さ 約 12cm)は国内最高の綿織物なのを確認したと 15日発表した。
博物館の方はこの織物が 6重で折れた固まり模様で, 韓国伝統文化学校の教授チームとともに注射電子燎微鏡で縦断面をよく見た結果植物性セルロース纎維の特徴であるグリンピース形象の決定構造が確認されたと明らかにした. まったく同じな出土層の上で 567年百済昌王(威徳王) の時作った 舍利龕が出て当時百済の織物なのが確かだ”は説明だ 。現在まで報告された国内最高綿織物は慶北安東の高麗末太四子墓から出た牛皮長靴裏地に付いた織物だ。
教授は 糸を強く組んで使う独創的織造手法などで推して当時外国で百済で 綿花が伝わったし, 綿織物自体を百済で生産したのが確かに見えると言った。
綿花は古代中央アジア, インドでシルクロードなどを経って, 中央アジア,韓半島に伝わった 。国内栽培と生産は <高麗史> 記録などによって文益漸から始まったと言うのが定説だったが学界一部では理論を申し立てて来た。
<三国史記>に統一新羅 景文王 9年(869)に綿織物の中国名称である 白畳布 40布を唐に行かせたという記録が伝えられ, <翰苑>でも高句麗で 白畳布を組んだという記録が見えるからだ。
やっぱり高句麗,百済は 綿花を栽培して,中央アジアと中国,日本を統治したという
証拠だ。。くすくす
http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=101&oid=001&aid=0003383508日本の 呉服と着物という語源は
大陸の三国志の 呉王朝が大陸百済だったという歴史的証拠だ。。ゲラゲラ
これは メッセージ 1 (ryuckel さん)への返信です.
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