『韓国現代史−−大統領たちの栄光と蹉跌』
投稿者: japanese_chosun 投稿日時: 2008/09/07 23:37 投稿番号: [4829 / 6952]
=木村幹・著
◇五百旗頭(いおきべ)真・評 『韓国現代史−−大統領たちの栄光と蹉跌(さてつ)』
(中公新書・840円)
◇民主化へ至る苛烈な政治的争闘
韓国現代史の特徴は何だろうか。「個性豊かな大統領たちが存在し、各々の時代の政治が彼らを中心に展開されたこと」にあると著者はいう。その観点から、大統領たらんとする者の苦闘が歴史をつくる様相を描き出すのが本書である。
評者はかつて、占領期の五人の首相たちが敗戦日本を背負い、戦後の新国家を再建する苦闘を書いたことがある(『占領期−−首相たちの新日本』)。その際、今日の安穏な日本に比して、占領下の日本は何と荒々しい社会であったことか、そう感じたものである。本書を読めば、韓国政治の激しさは日本の比ではない。それも戦後の混乱期だけではなく、数十年にわたって苛烈(かれつ)な政治的ぶちかましを繰り返してきた感がある。局面と争点は変るが、変ることなく厳しい問題状況があり、それをめぐる対抗軸があり、命をかけてぶつかりあう政治家たちがいる。その容赦なき闘いを生き抜いて大統領となる者のドラマが本書の魅力である。
本書の手法は独特である。八月十五日の終戦をめぐる雑誌の企画などに、「その時、誰彼は何をしていたか」の特集を見かけることがある。本書は将来の大統領たちの「その時」にスポットをあてて行く。終戦の時、金大中や金泳三は南海岸の郷里にあって、貧困の中で夢を捨てない少年たちであった。一回り年長の朴正熙は日本陸軍士官学校を卒業し、満州(現中国東北部)での軍務に就いていた。初代大統領となる李承晩はすでに70歳、40年にわたる亡命先の米国は首都ワシントンでラジオを聴いて日本帝国の壊滅を知った。
日本の戦後史の場合、終戦に続く「その時」が乏しい。それは戦後日本には坩堝(るつぼ)に投げ込まれるような事態が乏しく、比較的平穏に経済中心の生活をおくり得たことを示すであろう。
韓国は違う。終戦の三年後には米軍政を脱し独立する興奮の時があった。が、建国後の国づくりは容易でなく、二年後には北朝鮮による武力統一の試み、朝鮮戦争が勃発(ぼっぱつ)する。それぞれに漢江を渡り南へ落ちのびる現職大統領と将来の大統領たち。韓国民が生死の境をさまよった最も激烈な「その時」であった。
冷戦が熱戦化する現場にあって身も心も引き裂かれる韓国人。米軍の外力がなんとか戦乱を止めた。軍事独裁により秩序を強制し、イデオロギー論争を圧殺して、経済建設による国づくりを強行する朴正熙の開発権威主義の時代。政治運動家はもとより政党政治家にとっても弾圧の酷(むご)い時代が続いたが、韓国社会の近代化は大きく進んだ。
経済発展を遂げても、軍事強権派と民主派との衝突は激化の一途であった。光州事件をはじめ血腥(ちなまぐさ)い事件が起る。止(や)むことなき激突の中でも、韓国はある種の聡明な民主化の歴史を生み出したのではないか。軍事政権は金大中抹殺を外圧もあって何とか避けえた。全斗煥に続き盧泰愚は、いわば政治を盗取した軍人であったが、民主政治の不可避性を認識し、開明的な路線を採った。金泳三や金大中が選挙によって大統領に選出される状況を醸成しえた。
一九九七年の経済危機とIMF改革を超えて韓国は、豊かさと民主主義を手にし、次第に重要な国際的主体に成長した。その中で、盧武鉉による市民派政治、李明博による再建改革の政治の試みが準備される事情まで本書は語り明かしている。好著といえよう。
毎日新聞 2008年9月7日 東京朝刊
http://mainichi.jp/enta/book/news/20080907ddm015070006000c.html
◇五百旗頭(いおきべ)真・評 『韓国現代史−−大統領たちの栄光と蹉跌(さてつ)』
(中公新書・840円)
◇民主化へ至る苛烈な政治的争闘
韓国現代史の特徴は何だろうか。「個性豊かな大統領たちが存在し、各々の時代の政治が彼らを中心に展開されたこと」にあると著者はいう。その観点から、大統領たらんとする者の苦闘が歴史をつくる様相を描き出すのが本書である。
評者はかつて、占領期の五人の首相たちが敗戦日本を背負い、戦後の新国家を再建する苦闘を書いたことがある(『占領期−−首相たちの新日本』)。その際、今日の安穏な日本に比して、占領下の日本は何と荒々しい社会であったことか、そう感じたものである。本書を読めば、韓国政治の激しさは日本の比ではない。それも戦後の混乱期だけではなく、数十年にわたって苛烈(かれつ)な政治的ぶちかましを繰り返してきた感がある。局面と争点は変るが、変ることなく厳しい問題状況があり、それをめぐる対抗軸があり、命をかけてぶつかりあう政治家たちがいる。その容赦なき闘いを生き抜いて大統領となる者のドラマが本書の魅力である。
本書の手法は独特である。八月十五日の終戦をめぐる雑誌の企画などに、「その時、誰彼は何をしていたか」の特集を見かけることがある。本書は将来の大統領たちの「その時」にスポットをあてて行く。終戦の時、金大中や金泳三は南海岸の郷里にあって、貧困の中で夢を捨てない少年たちであった。一回り年長の朴正熙は日本陸軍士官学校を卒業し、満州(現中国東北部)での軍務に就いていた。初代大統領となる李承晩はすでに70歳、40年にわたる亡命先の米国は首都ワシントンでラジオを聴いて日本帝国の壊滅を知った。
日本の戦後史の場合、終戦に続く「その時」が乏しい。それは戦後日本には坩堝(るつぼ)に投げ込まれるような事態が乏しく、比較的平穏に経済中心の生活をおくり得たことを示すであろう。
韓国は違う。終戦の三年後には米軍政を脱し独立する興奮の時があった。が、建国後の国づくりは容易でなく、二年後には北朝鮮による武力統一の試み、朝鮮戦争が勃発(ぼっぱつ)する。それぞれに漢江を渡り南へ落ちのびる現職大統領と将来の大統領たち。韓国民が生死の境をさまよった最も激烈な「その時」であった。
冷戦が熱戦化する現場にあって身も心も引き裂かれる韓国人。米軍の外力がなんとか戦乱を止めた。軍事独裁により秩序を強制し、イデオロギー論争を圧殺して、経済建設による国づくりを強行する朴正熙の開発権威主義の時代。政治運動家はもとより政党政治家にとっても弾圧の酷(むご)い時代が続いたが、韓国社会の近代化は大きく進んだ。
経済発展を遂げても、軍事強権派と民主派との衝突は激化の一途であった。光州事件をはじめ血腥(ちなまぐさ)い事件が起る。止(や)むことなき激突の中でも、韓国はある種の聡明な民主化の歴史を生み出したのではないか。軍事政権は金大中抹殺を外圧もあって何とか避けえた。全斗煥に続き盧泰愚は、いわば政治を盗取した軍人であったが、民主政治の不可避性を認識し、開明的な路線を採った。金泳三や金大中が選挙によって大統領に選出される状況を醸成しえた。
一九九七年の経済危機とIMF改革を超えて韓国は、豊かさと民主主義を手にし、次第に重要な国際的主体に成長した。その中で、盧武鉉による市民派政治、李明博による再建改革の政治の試みが準備される事情まで本書は語り明かしている。好著といえよう。
毎日新聞 2008年9月7日 東京朝刊
http://mainichi.jp/enta/book/news/20080907ddm015070006000c.html
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