宗廟から昌慶宮に続く緑地
投稿者: imp_mania_jk 投稿日時: 2008/08/01 21:14 投稿番号: [4704 / 6952]
>1931年、日帝が民族精神の抹殺政策の一環として、この2つの宮殿の間にあった塀と樹木を撤去した後、道を建設した。
民族精神を抹殺したいんなら、まず二つの宮殿を更地にすると思うんだがな・・・
さすが地図の観測基点用の杭すらにも、文句をつけてくる民族だ。
もっと面白いウリナラマンセーを見せてくれ。
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宗廟から昌慶宮に続く緑地、80年ぶりに復元
日帝時代に道路が建設されたことにより、断絶してしまった宗廟(チョンミョ、史跡第125号)と昌慶宮(チャンギョングン、史跡第123号)間の緑地が80年ぶりに復元される。ソウル市は宗廟から昌慶宮に続く古宮の緑地復元のため、栗谷路(ユルゴクロ)の地下化工事を来年中に開始すると31日、発表した。
宗廟と昌慶宮は朝鮮時代、塀をはさんで続いていた。しかし1931年、日帝が民族精神の抹殺政策の一環として、この2つの宮殿の間にあった塀と樹木を撤去した後、道を建設した。この道は1966年に栗谷路という名前が付けられ、現在に至っている。
地下化される区間は昌徳宮の敦化門(トンファムン)交差点から苑南洞(ウォンナムドン)交差点に続く栗谷路の410メートルだ。市は歴史資料をもとに、地上部分に塀と緑地を造成し、本来の姿を復元させる予定だ。また、市は栗谷路を従来の4車線から6車線に拡張し、都心の交通難も解消する方針だ。
ソウル市のイ・ゴンギ都心再整備第1担当官は「昌慶宮と宗廟が直結し、ここに新しく造成されるセウン広場と清渓川(チョンゲチョン)までをつなぎ、歴史文化都市としてのソウルのイメージをアップできる」と話している。
ttp://japanese.joins.com/article/article.php?aid=103078&servcode=400§code=400
これは メッセージ 1 (ryuckel さん)への返信です.
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