日韓歴史論争

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沖縄戦跡ガマの中に慰安所があった!

投稿者: japanese_chosun 投稿日時: 2008/06/27 22:58 投稿番号: [4620 / 6952]
沖縄でいう「慰霊の日」、6月23日は、1945年に沖縄地上戦が終わった日である。筆者は06年に沖縄で戦跡ガマ(自然洞窟)を見学した。死と隣り合わせのガマの中には炊事場や野戦病院や、慰安所まであったという。慰安所・慰安婦について日本軍の責任を認めた93年8月の官房長官談話をこの目で確認した。内閣不信任決議を受け総辞職する前日にこの談話を出した首相・宮沢喜一の慧眼を高く評価したい。

  ◆沖縄地上戦終結の日

  ◆194カ所の戦跡ガマ

  ◆ガマの中にも慰安所があった

  ◆朝鮮人慰安婦がいた

  ◆死が迫っている空間なのに……

  ◆物資の補給を軽視した日本陸軍

  ◆輜重部隊をバカにする戯れ歌

  ◆食料は略奪が原則だった日中戦争
  いずれにせよ、およそ「補給」というものをすべて軽視し続けたのが日本陸軍であった。武器・兵器から銃弾・火薬に至るまで、直接戦闘に使う物資さえ、十分に供給しなかった。食料にいたっては、「前線で調達」が日本陸軍の原則だったのである。

  中国戦線では、すぐに食料調達=略奪に走るのが日本軍であり、略奪禁止を徹底させていた毛沢東・朱徳の紅軍との対照は、あまりにも明らかだった。日中15年戦争があまりの惨敗に終わった一因は、兵站無視の思想だったといえる。

  ◆兵士には慰安婦が必要という認識?

  ◆米軍人向けにも用意された

  ◆白米を食うと同じ感激?

  ◆ひどいミスマッチ

  ◆指摘するのは「反陸軍思想」

  ◆「商行為」という自民党のホンネ
  自民党国会議員の多数は「国が(慰安婦を)強制連行したわけではない。当時は公娼制度が存在し、商行為として行われた」(96年6月4日、奥野誠亮・元法相の記者会見発言)というのがホンネだろう。安倍晋三内閣は、こう考えていた人たちの政権だった。

  ◆93年8月の河野官房長官談話

  ◆安倍首相も確認

  ◆93年夏大政変の中で
  しかし調査結果と談話の発表の時期に注目する必要がある。1993年は、55年体制=自民党の政権独占が崩壊した年だった。以下93年政変の経過をたどってみよう。

  ▼6月17日   宮沢喜一内閣不信任案可決、首相が衆院を解散
  ▼7月18日   総選挙投開票。自民党は選挙前勢力を1議席上回る223議席にとどまり過半数を大きく割る。社会党も選挙前勢力の半分近くを減らして70議席に後退、55年体制は終わったと評価された。自民党を割って出た新生党(旧羽田派)が55議席で第3党に躍進、衆院初挑戦の日本新党も35議席を獲得。新党さきがけ、公明、民社も勢力を伸ばしたが、共産は1議席減となった
  ▼22日   宮沢首相が正式に退陣表明
  ▼29日   非自民・非共産8党派が連立政権に向け調印。首相候補は日本新党代表の細川護煕氏
  ▼8月5日   宮沢内閣総辞職
  ▼8月6日   衆参両院本会議で細川氏を首相に指名。衆院議長は土井たか子社会党委員長(初の女性議長、3権の長としても初の女性)

  ということになる。

  ◆宮沢内閣総辞職の前日に決定
  つまり慰安婦調査結果と河野官房長官談話が発表されたのは、宮沢政権最後の日なのである。このような措置が「政府の独走」で実行された場合、必ず反発するのが自民党の体質である。ところがこのとき、自民党は政権独占が崩壊したショックで、それどころではなかった。

  ◆宮沢氏の慧眼と、日本政治の貧しさ
  韓国との友好関係確立のために従軍慰安婦問題について日本の責任を認めることは避けて通れない日本政府の必須課題である。自民党が強い時期に、その課題は達成できない……。こうした判断で、総辞職の前日に、この仕事をした宮沢喜一という政治家については、高く評価したい。

  しかしこんな形でしか、公式見解を決定できない日本政府とは、なんという貧しい存在なのだろうか、と言わざるをえない。
http://www.news.janjan.jp/column/0806/0806220249/1.php
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