騎馬ミンジョク説の証拠ニカ?!
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2008/03/07 22:00 投稿番号: [4451 / 6952]
>日本書紀には筑紫(福岡県)の豪族の安致臣(あちのおみ)、馬飼臣(うまかいのおみ)らが479年、水軍を率いて朝鮮半島の高句麗と戦ったとの記述があり、福岡大の桃崎祐輔准教授(考古学)は「馬飼臣の支配下の集団かもしれない」とみる。
雄略朝は、確かに日本が半島に対してかなり積極的な攻勢をかけてた時期だしなあ。
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5世紀
福岡に騎馬軍団?
日本書紀の豪族と関連か
3月7日16時48分配信 産経新聞
■馬の墓や歯、鉄製馬具発見
福岡県大刀洗町の本郷野開遺跡で、5世紀後半から末ごろに地面に穴を掘って馬を埋葬した2つの土壙墓(どこうぼ)と、鉄製の馬具や馬の歯が見つかった。町教育委員会は「朝鮮半島と関係の深い飼育集団がいたと推測できる。騎馬軍団だった可能性もある」としている。
日本書紀には筑紫(福岡県)の豪族の安致臣(あちのおみ)、馬飼臣(うまかいのおみ)らが479年、水軍を率いて朝鮮半島の高句麗と戦ったとの記述があり、福岡大の桃崎祐輔准教授(考古学)は「馬飼臣の支配下の集団かもしれない」とみる。
土壙墓はいずれも、蒙古系の小中型馬(肩までの高さ1・2〜1・4メートル)を1頭埋葬できる大きさ。両墓からくつわと、手綱やくつわにつける金具も見つかった。
近隣の同県小郡市には6世紀の馬の土壙墓が30以上あり、桃崎准教授は「朝鮮半島の友好国、百済を軍事支援するため、この地域に馬を集めて調教したのではないか」と話している。
古代東アジアの騎馬民族から、馬の持ち主が死ぬと馬も殺して埋葬した「殉葬」の風習が伝わったともみられる。
日本に馬の飼育や乗馬技術が伝わったのは5世紀初頭から前半とされ、大刀洗町は百済系の土器が出土するなど当時の朝鮮半島と関係の深い地域だった。
これは メッセージ 1 (ryuckel さん)への返信です.
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