Re: 日本人自ら歴史認識を変えなさい
投稿者: hisatukai 投稿日時: 2007/11/21 09:43 投稿番号: [4218 / 6952]
>> 靖国神社は前世紀、日本が行った侵略戦争を肯定する神社だ。靖国神社は国家が願えば国民は戦争に行かなければならないし、他の国を攻撃しなければならないし、その渦中で死ぬことを美しい事だと教える。神社は戦地に連れて行かれて死んだ人々を日本を守った‘神さま’と顕彰し、彼らの行いを天皇と日本のためだ、という命題の下、正当化する。
>どこから突っ込めば良いものか……
世界的な帝国主義の時代に帝国主義であったことを批判しても歴史的意義は生じません。
「人類史の摂理」を理解し得ないバカ者の言うことは無視し、陰で嘲笑を差し向けて置きましょう。
侵略への非難は同時に侵略される側の存在をも炙り出します。
被侵略国の現時点での尊厳を維持する意味でも、侵略国自らの自己批判であっても、そこには「節度」を伴わねばなりません。
こうした言説が、被侵略国への謝罪の眼差しからでは決してなく、自己の立場の強化を狙った、自国内の意見を異にする勢力への批判であるのは明白です。
ヨーロッパの当時の列強が自らの帝国主義による侵略を謝罪することはありませんし、被侵略国がそれを過度に要求することもありません。
それが、国際経験に裏打ちされた国家間の「節度」というものです。
当時の人々は、明確な将来展望など求むべくも無い中で、試行錯誤を積み重ねながらも必死に生きていました。
これは侵略国、被侵略国の別のない真実であります。
こうした帝国主義の時代に、普遍的な「神」が存在していたならば、その「神の教え」は「汝、強くなれ。」の一言でしょう。
人類史は、過去に数え切れない程のこうした歴史を幾重にも積み重ねてきており、将来も又積み重ねて行くことでしょう。
現時点の平和も、その通過点であり、一過性のものであるとの認識が求められます。
歴史から、自らを抜け出たと自認するバカ者は、いつの時代にもおぞましく蠢き出してくるものなのです。
これは メッセージ 4217 (pup_pooh_one さん)への返信です.
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