国史教科で任那日本府説根拠されるかも
投稿者: imp_mania_jk 投稿日時: 2007/11/18 21:48 投稿番号: [4192 / 6952]
つまり広開土王と百済文化を日本に伝えたを書くと色々なところに矛盾が出てくるって事ね。
そもそも、その時代の自国の史料がなにもなく、日本の史料を歪曲してるから、辻褄も合わないし、自爆する。
都合いいところだけを採用しようとするから整合性が取れないんだよ。
だいたい、教科書を根拠に歴史を語る奴なんて韓国人だけだろ。
何でお前らの空想小説を使って歴史の主張しなきゃならんのだ?
これで日本の「歴史認識」がどうのと文句つけるんだから・・・orz
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「国史教科書、任那日本府説の根拠に悪用されるかも」〜北東アジア歴史財団学術大会
「高句麗は小樹林王の時の内政改革を土台に広開土大王の時に満州地方に対する大規模の征服事業を断行したし、引き続き新羅と倭.伽揶の間の勢力争いに介入して新羅に侵入した倭を撃退することで韓半島南部にまで影響力を及ぼすようになった(高等学校国史教科書53ページ)」
現行高等学校国史教科書が任那日本府説の根拠に悪用されかねない、という主張が申し立てられた。北東アジア歴史財団ヨン・ミンス研究員は北東アジア財団が15〜16日、財団大会議室で「東アジア歴史教科書の周辺国叙述とその特徴」を主題に開催した学術大会で、国史教科書53ページに載せられた「新羅と倭、伽揶の間の勢力争いに介入して」という表現を問題視した。
「新羅と倭、伽揶の間の勢力争い」という表現は、新羅と争う勢力が「倭を主軸とする伽揶」という誤解を生むかもしれないということだ。この部分は、広開土王陵碑文を根拠にしたもので、碑文に記録された本来の国際関係は百済を中心に伽揶と倭が新羅と対立する構図として現われる。
ヨン研究員は「'倭主導の勢力争い'と言うのは韓半島(朝鮮半島)南部をめぐり高句麗と倭が対決したという日本学界の伝統的論理に巻き込まれる恐れがある。」と批判した。ヨン委員はまた「日本に渡った韓国の文化」(260ページ)の中、「百済文化を土台に日本の世界的自慢である広隆寺弥勒半跏思惟像と法隆寺の百済観音像が作られた」と言う叙述も論難の素地がある、と指摘した。
広隆寺の弥勒半跏思惟座像は、韓半島での完製品が伝わったとして製作地が議論になっているが、新羅製である可能性が大きいという。ヨン委員は「広隆寺は新羅系の秦氏と関係が深く、日本書紀推古紀31年の条に新羅の使者が持って来た仏像を秦寺=広隆寺に安置した、という記録をともかなうから、百済よりは新羅とかかわる記述をした方が良いだろう」と主張した。
また中国の遼西、山東地方と日本の九州地方に進出した、と百済の対外征服活動を記述した部分は、事実関係に問題が多いことが指摘された。ヨン委員は「百済の九州地方進出は日本書紀神功記と七支刀銘文を根拠としているように見えるのに、これらの解釈は多くの問題点がある」「問題が多い日本書紀にそのまま従ったら、日本の百済進出であって百済の日本進出にならない。史料を利用する時、恣意的解釈は排除しなければならない」と主張した。
また中国の宋書と梁書を基礎にした百済の中国遼西地方進出と百済郡設置に関する記述も学界で議論があって、通説として受け入れるには多くの問題点があると指摘した。中国秦代に起きた事件が、宋書と梁書には出ながら、いざ秦書には見えない点が変で、高句麗と絶えず戦争をした当時、百済の状況を考慮する時、水軍抜きで遼西地方を攻略した、という事実も納得しにくい。
ヨン委員は「中国四書にある、とそのまま信じたら、倭国戦で記録された百済と新羅が倭国を大国として仕えた、という内容もそのまま信じるしかない」「韓半島内部の発展過程など多様な側面を考慮して、史料の意味を把握する必要がある」と主張した。
ヨン委員はこれ以外にも▲中国と係わって戦争史記述が中心になった点▲日本と係わって韓国文化の優越性が強く反映された点▲対外関係の記述が貧弱な点等を高等学校国史教科書の問題点と指摘した。
聨合ニュース(韓国語)
ttp://www.yonhapnews.co.kr/bulletin/2007/11/16/0200000000AKR20071116185000005.HTML
そもそも、その時代の自国の史料がなにもなく、日本の史料を歪曲してるから、辻褄も合わないし、自爆する。
都合いいところだけを採用しようとするから整合性が取れないんだよ。
だいたい、教科書を根拠に歴史を語る奴なんて韓国人だけだろ。
何でお前らの空想小説を使って歴史の主張しなきゃならんのだ?
これで日本の「歴史認識」がどうのと文句つけるんだから・・・orz
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「国史教科書、任那日本府説の根拠に悪用されるかも」〜北東アジア歴史財団学術大会
「高句麗は小樹林王の時の内政改革を土台に広開土大王の時に満州地方に対する大規模の征服事業を断行したし、引き続き新羅と倭.伽揶の間の勢力争いに介入して新羅に侵入した倭を撃退することで韓半島南部にまで影響力を及ぼすようになった(高等学校国史教科書53ページ)」
現行高等学校国史教科書が任那日本府説の根拠に悪用されかねない、という主張が申し立てられた。北東アジア歴史財団ヨン・ミンス研究員は北東アジア財団が15〜16日、財団大会議室で「東アジア歴史教科書の周辺国叙述とその特徴」を主題に開催した学術大会で、国史教科書53ページに載せられた「新羅と倭、伽揶の間の勢力争いに介入して」という表現を問題視した。
「新羅と倭、伽揶の間の勢力争い」という表現は、新羅と争う勢力が「倭を主軸とする伽揶」という誤解を生むかもしれないということだ。この部分は、広開土王陵碑文を根拠にしたもので、碑文に記録された本来の国際関係は百済を中心に伽揶と倭が新羅と対立する構図として現われる。
ヨン研究員は「'倭主導の勢力争い'と言うのは韓半島(朝鮮半島)南部をめぐり高句麗と倭が対決したという日本学界の伝統的論理に巻き込まれる恐れがある。」と批判した。ヨン委員はまた「日本に渡った韓国の文化」(260ページ)の中、「百済文化を土台に日本の世界的自慢である広隆寺弥勒半跏思惟像と法隆寺の百済観音像が作られた」と言う叙述も論難の素地がある、と指摘した。
広隆寺の弥勒半跏思惟座像は、韓半島での完製品が伝わったとして製作地が議論になっているが、新羅製である可能性が大きいという。ヨン委員は「広隆寺は新羅系の秦氏と関係が深く、日本書紀推古紀31年の条に新羅の使者が持って来た仏像を秦寺=広隆寺に安置した、という記録をともかなうから、百済よりは新羅とかかわる記述をした方が良いだろう」と主張した。
また中国の遼西、山東地方と日本の九州地方に進出した、と百済の対外征服活動を記述した部分は、事実関係に問題が多いことが指摘された。ヨン委員は「百済の九州地方進出は日本書紀神功記と七支刀銘文を根拠としているように見えるのに、これらの解釈は多くの問題点がある」「問題が多い日本書紀にそのまま従ったら、日本の百済進出であって百済の日本進出にならない。史料を利用する時、恣意的解釈は排除しなければならない」と主張した。
また中国の宋書と梁書を基礎にした百済の中国遼西地方進出と百済郡設置に関する記述も学界で議論があって、通説として受け入れるには多くの問題点があると指摘した。中国秦代に起きた事件が、宋書と梁書には出ながら、いざ秦書には見えない点が変で、高句麗と絶えず戦争をした当時、百済の状況を考慮する時、水軍抜きで遼西地方を攻略した、という事実も納得しにくい。
ヨン委員は「中国四書にある、とそのまま信じたら、倭国戦で記録された百済と新羅が倭国を大国として仕えた、という内容もそのまま信じるしかない」「韓半島内部の発展過程など多様な側面を考慮して、史料の意味を把握する必要がある」と主張した。
ヨン委員はこれ以外にも▲中国と係わって戦争史記述が中心になった点▲日本と係わって韓国文化の優越性が強く反映された点▲対外関係の記述が貧弱な点等を高等学校国史教科書の問題点と指摘した。
聨合ニュース(韓国語)
ttp://www.yonhapnews.co.kr/bulletin/2007/11/16/0200000000AKR20071116185000005.HTML
これは メッセージ 1 (ryuckel さん)への返信です.
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