コグリョは地中海帝国だったニダ!
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2007/10/30 10:00 投稿番号: [4145 / 6952]
>高句麗帝国と日本列島は東海を地中海して一つの言語圏を成したように見える。
>(中略=ローマの文化が周辺に伝わる様子を言語学的に説明)
いや、高句麗を古代ローマに喩える無謀ぶりはさておき、なんでローマ文化の伝播を、高句麗の言語の伝播の説明に使えるんだ???
>私たちはすでに踏査の前に古代日本語が高句麗語とまったく
同じだ、という事実を確認したので、これはさらに真実であるように見えた。
はあ、いつ、どうやって「確認」したんですか?(笑)
それとも、この記事の前に、「確認」した記事が出ていたんですか?
>このため、私たちはBC400年あたりかそれよりもっと早く、日本列島が古代高句麗領土だったと言って
も構わないだろう。もしそうだったら、ローマ帝国が地中海の北方と南方へ領土を確張して行ったの
と同じく、またイ・ヒョング教授も提示しているように、私たちは大陸高句麗(continental Koguryo)
と列島高句麗(insular Koguryo)の間にある東海を高句麗の東地中海(East Mediterranean Sea)、そし
て大陸高句麗の西南方にある渤海のみを高句麗の西地中海(West Mediterranean Sea)、あるいは古朝
鮮の地中海(Mediterranean Sea)と呼ぶことができるだろう。
まず、「高句麗語は日本語の祖語」だった、という前提があるならそういう飛躍というか、比較もOKなんだけどネ。
まあ実は、以前にも中央日報に「イルボンマルは高句麗語ニダ!」みたいな記事が出ていたけど(確か西洋人の学者のヨタ説の拡大版だったかな)、それが尾を引いているのかな?
>ハワイ大学のアレクサンダー・ボビン(Alexander Vovin)教授は次のように使っている。「仏教はAD53
8〜552年の間に日本に伝わった。私たちはAD926年、渤海が滅亡する前に、すでに仏教が女真族領土に
存在していたことが分かっている。仏教が高句麗と渤海、両国で盛んだったから、一部の古代韓国語
語源は、さらにもっともらしく見える。」ローマ帝国でキリスト教が広がって行ったのと同じく、大
陸と列島の高句麗領土に韓国人僧侶たちによって仏教がすべての高句麗帝国に広がって行ったのだ。
そのハワイ大学の教授は、その部分からは単に「高句麗と渤海で仏教が盛んだったから、女真語の仏教用語に高句麗語源と思われる仏教用語があるのも、むべなるかな」と言ったとしか読めんが。(その説の是非はさておき。)
>三番目は‘味噌麹micu(soybeanmalt)’だ。満洲語形
態は同じ意味を持ったmisu-nで、日本語形態は‘味噌mis-o(soybeanpaste)’だ。これは日本人僧侶、
吉田兼好(1317〜1331)が書いた随筆「徒然草」に最初に記録されている。
ならば、「味噌」自体が、女真由来の食品でないと、ダメじゃん?
つうか、兼好法師の著作以外にも味噌なんて出てくるわな。
それより、例の叡親王ドルゴンの時代に漂流して幽閉された日本人の手記にも出てくるべ、「ダッタン(女真)でも、味噌は『ミショ』と発音する」と。
>満洲語と日本語形態は現代韓国語形態より初中期韓国語形態である‘密祖*mico’にもっと近い。大陸
の高句麗人たちは東海(日本海)を渡って日本に米栽培弥生文化を伝達した。韓国人たちはこんな伝
統を今はロシアの極東で実践している。
ヤレヤレ(~_~;)
そして今度は、弥生文化の担い手は高句麗人ですか(~o~)
しかも、ロシア人がどう受け取るかも考えずに、さも「ウリミンジョクがかつての高句麗のように、今はロシアを植民しているニダ!」とでも言わんばかりだなあ。
半ケッチャンの方が、もっと凝った事を言うけど、それはまあ、本国人と在日の差異でもあるのかな。
ソース:京郷新聞ニュースメイカー745号(韓国語)高句麗は東アジア‘地中海帝国’
ttp://newsmaker.khan.co.kr/khnm.html?mode=view&code=115&artid=15671
>(中略=ローマの文化が周辺に伝わる様子を言語学的に説明)
いや、高句麗を古代ローマに喩える無謀ぶりはさておき、なんでローマ文化の伝播を、高句麗の言語の伝播の説明に使えるんだ???
>私たちはすでに踏査の前に古代日本語が高句麗語とまったく
同じだ、という事実を確認したので、これはさらに真実であるように見えた。
はあ、いつ、どうやって「確認」したんですか?(笑)
それとも、この記事の前に、「確認」した記事が出ていたんですか?
>このため、私たちはBC400年あたりかそれよりもっと早く、日本列島が古代高句麗領土だったと言って
も構わないだろう。もしそうだったら、ローマ帝国が地中海の北方と南方へ領土を確張して行ったの
と同じく、またイ・ヒョング教授も提示しているように、私たちは大陸高句麗(continental Koguryo)
と列島高句麗(insular Koguryo)の間にある東海を高句麗の東地中海(East Mediterranean Sea)、そし
て大陸高句麗の西南方にある渤海のみを高句麗の西地中海(West Mediterranean Sea)、あるいは古朝
鮮の地中海(Mediterranean Sea)と呼ぶことができるだろう。
まず、「高句麗語は日本語の祖語」だった、という前提があるならそういう飛躍というか、比較もOKなんだけどネ。
まあ実は、以前にも中央日報に「イルボンマルは高句麗語ニダ!」みたいな記事が出ていたけど(確か西洋人の学者のヨタ説の拡大版だったかな)、それが尾を引いているのかな?
>ハワイ大学のアレクサンダー・ボビン(Alexander Vovin)教授は次のように使っている。「仏教はAD53
8〜552年の間に日本に伝わった。私たちはAD926年、渤海が滅亡する前に、すでに仏教が女真族領土に
存在していたことが分かっている。仏教が高句麗と渤海、両国で盛んだったから、一部の古代韓国語
語源は、さらにもっともらしく見える。」ローマ帝国でキリスト教が広がって行ったのと同じく、大
陸と列島の高句麗領土に韓国人僧侶たちによって仏教がすべての高句麗帝国に広がって行ったのだ。
そのハワイ大学の教授は、その部分からは単に「高句麗と渤海で仏教が盛んだったから、女真語の仏教用語に高句麗語源と思われる仏教用語があるのも、むべなるかな」と言ったとしか読めんが。(その説の是非はさておき。)
>三番目は‘味噌麹micu(soybeanmalt)’だ。満洲語形
態は同じ意味を持ったmisu-nで、日本語形態は‘味噌mis-o(soybeanpaste)’だ。これは日本人僧侶、
吉田兼好(1317〜1331)が書いた随筆「徒然草」に最初に記録されている。
ならば、「味噌」自体が、女真由来の食品でないと、ダメじゃん?
つうか、兼好法師の著作以外にも味噌なんて出てくるわな。
それより、例の叡親王ドルゴンの時代に漂流して幽閉された日本人の手記にも出てくるべ、「ダッタン(女真)でも、味噌は『ミショ』と発音する」と。
>満洲語と日本語形態は現代韓国語形態より初中期韓国語形態である‘密祖*mico’にもっと近い。大陸
の高句麗人たちは東海(日本海)を渡って日本に米栽培弥生文化を伝達した。韓国人たちはこんな伝
統を今はロシアの極東で実践している。
ヤレヤレ(~_~;)
そして今度は、弥生文化の担い手は高句麗人ですか(~o~)
しかも、ロシア人がどう受け取るかも考えずに、さも「ウリミンジョクがかつての高句麗のように、今はロシアを植民しているニダ!」とでも言わんばかりだなあ。
半ケッチャンの方が、もっと凝った事を言うけど、それはまあ、本国人と在日の差異でもあるのかな。
ソース:京郷新聞ニュースメイカー745号(韓国語)高句麗は東アジア‘地中海帝国’
ttp://newsmaker.khan.co.kr/khnm.html?mode=view&code=115&artid=15671
これは メッセージ 1 (ryuckel さん)への返信です.
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