古朝鮮・三国時代にも韓流
投稿者: imp_mania_jk 投稿日時: 2007/07/26 19:52 投稿番号: [3970 / 6952]
はいはい、優秀性優秀性・・・残らなかったんだよねぇ全然。優秀なのに何故か。
で、残らなかった理由はなんだっけ?秀吉のせいだったかな?
しかし、どんどんスケールがデカくなってるな。
最終的に日本は韓流で作られたとかになるのかな?
韓流はゾンビウェーブだったって結論が出てるのに・・・
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古朝鮮・三国時代に‘もっとすごかった韓流’‘韓民族文化伝播事例’
「孔子も東夷に住みたがった(故孔子欲居九夷也)。」後漢書東夷列伝に出ている言葉だ。原文で‘九夷’は東夷の多くの勢力を包括する言葉。後漢書ではまた東夷人たちは「天性が柔順で道理として治めやすいから君子国と不死国がある」と明らかにしている。ひいては、中国が「礼を失えば東夷に求めた」と言う文句もある。
このように古代東夷族、すなわち韓民族は中国など周辺国家が「ベンチマーキング」した先進文化人だったということだ。古代韓民族の文化伝播事例を集めた本「古代にも韓流があった」(知識産業社)が最近出版された。昨年末、同じテーマで行った学術大会で発表された内容を、当時加えられた批判を収容、さらに整えて本として発行したものだ。
◆韓国は古代、中国は中世、日本は近代=イム・チェヘ安東大教授はまず、「今の私たちの文化は、韓流という自己文化の独自性を持っている」と主張した。古代文化から固有の個性を持って相対的に隣国より先に進んだということだ。したがって「私たち古代文化の先進性を根拠に、古代史研究の主体性を確保することが緊要だ」とイム教授は強調した。例えば、我が国には全世界のドルメン(支石墓)の40%が分布しているほどドルメン文化が一番豊かで多様だった。また、琵琶型銅剣に代表される青銅器文化は、中国黄河流域より時代的に先に進んでいただけでなく、合金技術でもすぐれていた。
鉄器文化も中国が紀元前8〜6世紀頃と推定されるのに比べて、古朝鮮の鉄器文化は紀元前12世紀と明らかにされたとイム教授。しかし、中世や近代に至ると文化的主導権を中国と日本に奪われたとイム教授は分析した。韓国は古代文化、中国は中世文化、日本は近代文化が相対的にすぐれていたということだ。中世と近代には中国と日本がそれぞれ私たちより文化的に先に進んだという事実を認めることも必要だ、とイム教授は主張した。
◆古代鎧は古朝鮮文化で拡散=パク・ソンフィ祥明大教授は収録文「古代韓国鎧の源流と東アジアに及ぼした影響」で古朝鮮が骨鎧・皮鎧・青銅鎧・鉄鎧を東アジアで一番先に独自に生産した国であることを明らかにした。パク教授は「古朝鮮の服飾分野は高い水準を成して隣国に影響を及ぼした。特に鎧は多方面に優秀で技術的に先に進んでいただけでなく、続いて古代の我が民族の鎧の典型を成した」と強調した。特に鎧だけに注目しても、古朝鮮時代の韓民族は、独自的性格の文化圏を形成したという事実が分かる、ということだ。「(古朝鮮の鎧は)中国と北方地域はもちろん、日本の鎧生産に大きな影響を与えた。一言で、古代の鎧はすべて古朝鮮文化から拡散したと言っても過言ではない。」と主張した。
◆古代の韓流‘公演芸術’=チョン・キョンウク高麗大教授は収録文「古代の韓流として、私たちの公演芸術が東アジアに及ぼした影響」で「もう三国時代にも中国と日本で人気を呼んだ韓流があった」と強調した。チョン教授は「古代から私たちの公演芸術は、周辺の多くの国と交流を通じて常にその独自性と優秀性を取り揃えて来た。私たちは三国時代から朝鮮時代に至るまで絶えず外来演技を受容して公演芸術を豊かに営みながら、それを私たちの趣向にあうように改作し、韓国化することで新しい公演芸術を新たにつくって来た」と明らかにした。
私たちの新しい公演芸術を成立させることができた扶余の迎鼓、高句麗の東盟、昔の舞天などの祭天儀式または馬韓の農耕儀式のような自生的・土着的公演芸術だったということだ。チョン教授はより具体的に「古代韓流では隋・唐の七部楽・九部楽・十部楽の中、高句麗期の胡旋舞と広袖舞、中国で有名だった高句麗人形劇などをあげることができるし、日本で人気のあった古代韓流では日本の舞楽のうち、友邦楽人(?)高句麗楽24曲を指折ることができる」と分析した。
文化日報(韓国語)
ttp://www.munhwa.com/news/view.html?no=2007072401032430065004
で、残らなかった理由はなんだっけ?秀吉のせいだったかな?
しかし、どんどんスケールがデカくなってるな。
最終的に日本は韓流で作られたとかになるのかな?
韓流はゾンビウェーブだったって結論が出てるのに・・・
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古朝鮮・三国時代に‘もっとすごかった韓流’‘韓民族文化伝播事例’
「孔子も東夷に住みたがった(故孔子欲居九夷也)。」後漢書東夷列伝に出ている言葉だ。原文で‘九夷’は東夷の多くの勢力を包括する言葉。後漢書ではまた東夷人たちは「天性が柔順で道理として治めやすいから君子国と不死国がある」と明らかにしている。ひいては、中国が「礼を失えば東夷に求めた」と言う文句もある。
このように古代東夷族、すなわち韓民族は中国など周辺国家が「ベンチマーキング」した先進文化人だったということだ。古代韓民族の文化伝播事例を集めた本「古代にも韓流があった」(知識産業社)が最近出版された。昨年末、同じテーマで行った学術大会で発表された内容を、当時加えられた批判を収容、さらに整えて本として発行したものだ。
◆韓国は古代、中国は中世、日本は近代=イム・チェヘ安東大教授はまず、「今の私たちの文化は、韓流という自己文化の独自性を持っている」と主張した。古代文化から固有の個性を持って相対的に隣国より先に進んだということだ。したがって「私たち古代文化の先進性を根拠に、古代史研究の主体性を確保することが緊要だ」とイム教授は強調した。例えば、我が国には全世界のドルメン(支石墓)の40%が分布しているほどドルメン文化が一番豊かで多様だった。また、琵琶型銅剣に代表される青銅器文化は、中国黄河流域より時代的に先に進んでいただけでなく、合金技術でもすぐれていた。
鉄器文化も中国が紀元前8〜6世紀頃と推定されるのに比べて、古朝鮮の鉄器文化は紀元前12世紀と明らかにされたとイム教授。しかし、中世や近代に至ると文化的主導権を中国と日本に奪われたとイム教授は分析した。韓国は古代文化、中国は中世文化、日本は近代文化が相対的にすぐれていたということだ。中世と近代には中国と日本がそれぞれ私たちより文化的に先に進んだという事実を認めることも必要だ、とイム教授は主張した。
◆古代鎧は古朝鮮文化で拡散=パク・ソンフィ祥明大教授は収録文「古代韓国鎧の源流と東アジアに及ぼした影響」で古朝鮮が骨鎧・皮鎧・青銅鎧・鉄鎧を東アジアで一番先に独自に生産した国であることを明らかにした。パク教授は「古朝鮮の服飾分野は高い水準を成して隣国に影響を及ぼした。特に鎧は多方面に優秀で技術的に先に進んでいただけでなく、続いて古代の我が民族の鎧の典型を成した」と強調した。特に鎧だけに注目しても、古朝鮮時代の韓民族は、独自的性格の文化圏を形成したという事実が分かる、ということだ。「(古朝鮮の鎧は)中国と北方地域はもちろん、日本の鎧生産に大きな影響を与えた。一言で、古代の鎧はすべて古朝鮮文化から拡散したと言っても過言ではない。」と主張した。
◆古代の韓流‘公演芸術’=チョン・キョンウク高麗大教授は収録文「古代の韓流として、私たちの公演芸術が東アジアに及ぼした影響」で「もう三国時代にも中国と日本で人気を呼んだ韓流があった」と強調した。チョン教授は「古代から私たちの公演芸術は、周辺の多くの国と交流を通じて常にその独自性と優秀性を取り揃えて来た。私たちは三国時代から朝鮮時代に至るまで絶えず外来演技を受容して公演芸術を豊かに営みながら、それを私たちの趣向にあうように改作し、韓国化することで新しい公演芸術を新たにつくって来た」と明らかにした。
私たちの新しい公演芸術を成立させることができた扶余の迎鼓、高句麗の東盟、昔の舞天などの祭天儀式または馬韓の農耕儀式のような自生的・土着的公演芸術だったということだ。チョン教授はより具体的に「古代韓流では隋・唐の七部楽・九部楽・十部楽の中、高句麗期の胡旋舞と広袖舞、中国で有名だった高句麗人形劇などをあげることができるし、日本で人気のあった古代韓流では日本の舞楽のうち、友邦楽人(?)高句麗楽24曲を指折ることができる」と分析した。
文化日報(韓国語)
ttp://www.munhwa.com/news/view.html?no=2007072401032430065004
これは メッセージ 1 (ryuckel さん)への返信です.
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