日韓歴史論争

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神話と歴史のはざまに揺れる「檀君」

投稿者: imp_mania_jk 投稿日時: 2007/02/26 00:44 投稿番号: [3626 / 6952]
歴史が納得出来ないから神話に逃避。
その神話が仮に事実だったら、お前らは熊の子孫ということになるんだろ?

>1993年10月、北朝鮮の社会科学院は平壌市江東郡テバク山の東南側で民族の始祖・檀君の遺骨が発見されたと発表した。

熊の骨が見つかったのか?
横田さんの遺骨も判別できない北が、どうやったらこんな正確に鑑定できるってんだ?

>三国遺事や東国通鑑によると壇君王倹が古朝鮮を建国したという

えーと三国遺事の檀君関連の根拠として魏書に書いてあると言うのがあった筈なんだが・・・勿論そんな事は書いてない。(笑)

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【萬物相】神話と歴史のはざまに揺れる「檀君」

1993年10月、北朝鮮の社会科学院は平壌市江東郡テバク山の東南側で民族の始祖・檀君の遺骨が発見されたと発表した。朝鮮末期から「檀君陵」と言い伝えられてきた墓を発掘したところ、男女2人の骨が出土し、その年代を測定調査したところ、檀君の建国時期である紀元前2333年ごろのものであることが分かったという。

  北朝鮮は1年後、満州将軍塚の形をまねて、花こう岩1994個を積み上げ、一辺50メートル、高さ22メートルの巨大な壇君陵を建設した。

  壇君陵は墓の様式や出土した遺物から見て、4世紀以降の高句麗の時代のものだ。

  また北朝鮮が用いたという年代測定法は、誤差が大きいため、通常は何十万年も前の地質を分析するのに用いる方法だった。檀君を古朝鮮の建国にまつわる神話だと捉えている韓国の学界にとっては、あきれるしかない話だった。

  高句麗の神で平壌と九月山に伝わってきた檀君が、民族の始祖神となったのは高麗時代のことだ。後三国(新羅、後百済、泰封)を統一した高麗は、国民の同一性を高めるための共通の先祖として檀君を選択した。

  長いあいだ口伝されてきた檀君神話は「三国遺事」と「帝王韻記」を通じて、文字に記録された。朝鮮時代の世宗(セジョン)の時には平壌に檀君霊廟が作られ、歴史書「東国通鑑」にも檀君が民族の始祖として登場した。

  元によって高麗が侵略された際や大韓帝国期から日帝時代にかけての苦難の時代には、現状克服の象徴的な求心力として作用した。

  1970年代からは歴史教科書に檀君を歴史として記述しようという在野研究家の声が高まった。最近では統一のための理念として、「檀君民族主義」を提唱する人々も出てきている。

  教育部が新学期の高校歴史教科書について、檀君に関する記述を強化することを決定した。「三国遺事や東国通鑑によると壇君王倹が古朝鮮を建国したという」という部分は、「建国した」という断定的な表現に変わる。

  これは檀君についての教科書の叙述が消極的だという一部からの指摘を受け入れた形だ。これは韓国の古代史を歪曲している中国の「東北工程」に対抗するため、檀君教育の強化を求める声が政界などから上がっていることと無縁ではない。

  今回の教科書修正により檀君神話が歴史的事実として認定されたと見るには無理がある。一方、青銅器時代の始まりを学界の定説から1000年もさかのぼらせ、紀元前20世紀としたことについては、その時期を檀君の時代に合わせようとしたのではないかという疑念を覚える。  

  歴史教育は民族のアイデンティティーを確立する上で重要な役割を果たすが、だからといって「民族観念」を優先するあまり、学術的根拠を無視するようでは困る。韓国人の心の中に空虚な「壇君陵」を作り上げたからといって、いったい何の意味があるだろうか。

李先敏(イ・ソンミン)論説委員

朝鮮日報/朝鮮日報JNS
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