日韓歴史論争

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Re: 孔子はインド黒人奴隷の混血だった

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/11/19 21:06 投稿番号: [3405 / 6952]
>詳しい事は師父様に譲るとして

譲られますた。

>儒教が今のような形になったのは  
西漢武帝の時代に統治に都合が良かったから改変されたためで
それ以前の儒教は比較的まともであった
のだそうです

元来の「儒教」は、日本・朝鮮のシャーマニズムのように死者や鬼神といった超自然的なものを祀るための作法です。これをつかさどる巫祝者の集団が原儒です。
で、魯の下級軍人である叔梁コツ(糸乞)と原儒の女性との間に生まれた孔子がそれを整理して、冠婚葬祭のマナー礼儀作法といったものにします。

西漢の高祖に仕えた叔孫通が儒教嫌いの高祖にも合うように、さらに作法を簡略化して整理しました。

>それ以前の西漢王朝での主力は黄老思想が主流で   これを排斥するために学が曲げられたのだとか

武帝の頃に、黄老思想を抑えるために、むりやり儒教の学問体系をつくりあげ(自分たちに都合のよい内容の儒教の経典などをでっちあげたわけですわ)たと。

朝鮮も大好きなイデオロギーとしての儒教は、南宋の朱子がつくりあげた思想体系ですね。宇宙観の無かった儒教に、仏教から借りてきた、いやインスパイアされた宇宙観を接いで、四書五経といった経典の再解釈(ようは文意の言い換えを繰りかえして自説に都合のいいようにずらしてゆくというすり替え的な新解釈)をおこなったわけです。
これは儒教の再編成というよりは、再解釈に名を借りた新思想の樹立とでもいうべきものであって、欧米のシノロジー(支那学)では、朱子学を特に「neo-confucism(新儒教)」なんてよんだりします。
新たに思想を立てることが忌まれていた支那では、こういうふうに既存の思想の再解釈・再発見という名目によって、新しい自説を主張する方法を取ったわけです。

朱子学以前の教養・作法程度であった儒教には「礼は和を以て貴しと為す(礼記)」という言葉があるように、君子の取るべき行いとして、協調性・利他心・助け合いといったものは説かれているようです。
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