日韓歴史論争

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Re: マーシャルでの日帝蛮行を忘れないニダ

投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/10/26 21:41 投稿番号: [3305 / 6952]
>>この時、マーシャル諸島だけでも3万6千人あまりの朝鮮人が強制動員された。
>>1942年初め、日本帝国は農村を回って朝鮮人青年を手当たり次第に戦場に連行した。

>「1942年」ですか。ほう…。「強制」ですか。

>また、慰安婦伝説同様の「狩り出し」話は、官房副長官の話ではないが、「科学的・客観的に調べ直すべき」話だろう。(いずれにせよ、徴用=いわゆる「強制連行」とか呼ばれているものは、昭和19年からなのだし。)

半島から内地の企業へ出稼ぎに来た朝鮮人と同じ感覚だったと思いますね。
給料も良かったようですから。
勿論、「強制」ではなく。
当時は開戦早々、大日本帝国軍はまだ快進撃の真っ最中ですしね。

以下、上前淳一郎著『太平洋の生還者』より、マーシャル諸島ウォッチェ環礁から生還した日本人軍夫の記録。
『群馬で小学校を卒業して父親と田を耕す。徴兵で宇都宮の輜重隊に。除隊。
二十代半ば、周囲の同級生達が再徴兵される中、どうせ出征するなら、何かいい方法はないかと考える。
昭和17年(1942年)役場の「軍夫募集」に応募。
一年間の短期工員で資格は軍属。収入は内地の3倍。日給4円50銭。
当時の土工、鳶職、板金工などの日給は1円50銭。
役場の係員の友人が、「悪いことはいわんから、やめとけ。タコ部屋だ。」と声をひそめる。
しかし、彼には3倍の日給の魅力はあまりに大きすぎた。
昭和17年8月末、ウォッチェ環礁に到着。1500名の兵士と千人の軍夫。
軍夫の仕事は滑走路整備、戦車壕や交通壕の掘削であった。』

なお食糧難で、「人肉」の話も出てきますが、すべて噂の範囲でした。
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